Saturday, December 31, 2016

The End of The Year 2016

年末になると、メランコリックになってしまうのは何故でしょう? 

今日(12月31日)は年末で、明日(1月1日)は年始という括りですが、昨日(12月30日)と今日(12月31日)、または明日(1月1日)と明後日(1月2日)となんら変わらないはずですよね?

一日は24時間。同じペースで時間は流れていきます。特別な日なんて、基本、ありません。毎日、同じだけ、大切な時間のはずなのに。あぁ、それなのに、なぜ、こうも心を揺さぶられてしまうのでしょう? いけません、いけません・・・。

というわけで、過去の年末(近辺)のBlogを振り返ってみました。

結果、いつも年末は心を揺さぶられているってことがわかりました。いやいや、実は、年末だけじゃなくて、年間通して、いつも心を揺さぶられているんですよ、私。そういう人間なんですね。いつも心が無防備で、反応しやすい状態にあるというか、だから誰にも触ってほしくないというか、でもすぐに触られてしまうというか。今年かかった咳喘息みたいに、いつも気管支が炎症を起こしていて、ちょっとした刺激にも反応してしまうような、そんな感じです。

仙人になり山に篭り生きていけば生き易いだろうに、こうして現世で荒波に揉まれて生きていることを選択して日々精進している感じですかね。

失ってしまったもの&失わずにいるもの(Thursday, December 27, 2007)
”あの頃は、芝生に寝そべって、星空を見上げながら、永遠に続く未来を夢見ていたっけ。 人ごみの中で笑顔を見つけるとときめきが止まらなくて、ただそっと横にいるだけで嬉しくて、近くに気配を感じるだけで落ち着いて、指が触れると胸が苦しくて、さよならの瞬間はいつも涙が溢れてた・・・”

大晦日に思う(Wednesday, December 31, 2008 )
”電車を乗り換えるたびに、川を渡るごとに、あなたから離れていく。一駅一駅、目的地に近づくごとに、あなたが遠くなる。そう思うと、胸がくるしい。喉がしめつけられる。ああ、涙がにじんできた。サングラスで涙をかくす。

もちろん、帰省してもしなくても、今日も明日も明後日も、しばらくずっと、あなには会えない。でも少しでも近くにいたいと思う私は、救いようのないロマンティスト。

窓の外、西の空を遠く見つめながら、あの空の下にあなたがいると思えば、少しは気分も紛れるというのに。こんな遠く離れたところから西の空を眺めたって、その下にあなたの住む街はありゃしない。”

Today's Song - Doesn’t Mean Anything by Alicia Keys(Saturday, December 19, 2009 )
”「不幸せは半減、幸せは2倍」
よく聞く言葉だけどさ、不幸せは、ひとりで背負うから、いいんだ。
意外と我慢強いし。
だけど、幸せは、ひとりじゃ抱えきれない。
両手から、溢れちゃう。
やっぱり、愛する人と、分かち合いたいな。

「ああ、いい1日だった!」
そう思ったとき、
それを伝えたい人が、そばにいないことほど、
ガクンって落ち込んじゃうことって、ない。”


Beautiful Things(Thursday, December 30, 2010 )
”It was "LOVE" at first sight.
Yes, it was "FATE" we met.

You're such beautiful things.
Love you all so much.”


My Prince Charming(Saturday, December 31, 2011 )
”もし彼が迎えにきてくれなかったら・・・わたしは何時間もかけて帰宅しなくてはいけなかったでしょう。 着物で、草履で、歩いて帰ることを想像すると、ぞっとします。

わたしにとって彼は、白馬に乗った王子様です。 そして、この日をきっかけに、わたしたちの関係も、新しいステージに上がった気がします。” 


Accident(Friday, December 28, 2012 )
今日、わたしが思ったのは、「アクシデント」は、「アクシデント」ゆえ、避けられません。ただ淡々と、その対処をするだけしか、わたしたちにできることはありません。その最中、想像した「最悪の状況」、いろいろ考えましたけど、ひとしきり想像した後、スッと安心しました。今日、わたしたちが想像することができた「最悪の事態」というものは起こらないという、確信に近いものを感じました。これからは、想定内のことが起こるだけです。そして着々と後片付けをして、また日常へと戻っていくのです。”

Brain Tumor - Part 4(Monday, December 23, 2013 )
往復4時間かけて、たった1時間のお見舞いに来る母、弟を深く愛する父の思い、気遣い。そんな両親に対して、何もできない自分の不甲斐なさが本当に申し訳ない。いつも自分、自分、自分・・・そんな自分が恥ずかしい。

わたしが元気でなくては、回りを幸せにできないとは思うけど、今日みた光景はあまりにもショックで・・・どう折り合いをつければいいのか、今はまったく分からない。”


Breast Cancer Sucks(Monday, October 27, 2014 )
「乳がん」は、ひとくくりにはできません。タイプは様々だし、それのよって手術も治療の方法も異なります・・・「乳がん」を患った人でも、その経験、感じ方は千差万別だと思います。だから、わたしがここで語ってることは、「乳がん」を患った方々の「声」を代表するものではありません。あくまでも、わたしの個人的な意見です、ということを付け加えておきたいと思います。”

Towards the End of the Year 2015(Wednesday, December 30, 2015 )
”来年2月19日が最後の抗癌剤(リュープリン注射)治療になります。3ヶ月後には薬剤の影響もなくなり、女性ホルモンが戻ってくるということです。夏くらいには、今感じている副作用(更年期症状)もなくなり、また自然な状態に戻るのかなと思うと、2年間の治療は長かったような短かったような・・・ずっと一緒にいてくれて、山や谷を一緒に乗り越えてくれたBFには心から感謝しています。彼は転職やら何やらで大変な時期でしたが、側で支えてくれて、心強かったです。本来ならば、自分のことで精一杯だったというのに、200%の力で私を支えてくれて、本当にありがとうございました。”

Friday, December 30, 2016

Post-Christmas Dinner

12月26日(月)、12連休中の私は、「やることないわー」ってなっていたのですが、多忙なBFが休みをとってくれましたよ! (Thank YOU!)

せっかくのお休み、久しぶりのお休み、何をしましょうかってことでしばらく考えたんですが・・・外は寒いし、遠くには行きたくないし、アレはやだ、これはヤダ・・・ってなって。そしたらBFに神が降りてきて、「多摩川からバスに乗って二子玉に行って珠姫でお寿司を食べればいいじゃないん?」ですって! というわけで、いそいそと支度して出かけましたとさ。

珠姫は相変わらず大繁盛。唯一空いていたカウンター席に案内されました。ラキー! 細かいことを言えばあれですが、基本的に良いお客様が集うお店です。皆さん、わきまえていらっしゃる。お母さまを連れてきている息子さんがいて、それも二組も! 親孝行する姿は美しいですね。高圧的なカップルが私たちの横にいて、彼ら担当の板さんはかなりビビってましたけど、その様子を見るのは「いとおかし」で、良い肴でしたよ。酔っ払った私は、野良スコのエピソード「緊張編」の「コタ、ビビんてんよー!」を何度も何度も繰り返して笑ってました。BFはヒヤヒヤしていたと思いますけど、そこはお構いなしでしたね(Sorry...)

今回頂いたのは以下のとおりです。撮影は努力家の写真家(=BF)です。

お刺身盛り合わせ(カニとか、寒ブリとか、白エビとか・・・美味しいものがいっぱい!)
 別のアングルからどうぞ! プレゼンも美しいですよね。高圧的なカップルにビビりながら作ってくれた傑作です。板さん、ありがとう!(でも、ビビってんよー!)
 天ぷら盛り合わせ(やらずにはいられません。海老2本はBFに差し上げました。そのかわりに、きすの天ぷらをいただきました。Fair Tradeだねって盛り上がったんですが、Fair Tradeの使い方、正しいでしょうか?)
 冷酒を美味しく頂いています。BFはにぎりを堪能中。私はおつまみたまごをいただきました。とてもステキなプレゼンね。
 今が旬の香箱ガニ(「香箱」って「こうばこ」でいいのかしら?って、BFはダブルチェックしてました。偉いなぁ!私だったら、全く調べないで、「こうばこがに? こうばこ?でいいの? じゃそれで・・・」みたいなざっくりした注文をしてしまうところでした)
 とろたく巻(プレゼンが美しいね。目でも舌でも楽しめます)
 かんぴょう巻(BFはわさび入りをリクエスとしたのに、入ってなかった!残念! かんぴょう巻は「涙のかんぴょう巻(わさび入り)」が好きなので、ぜひわさびは入れてもらいたいものです。次回はよろしくね、板さん!)
食事の後にはカラオケに行きました。二人のデュエットの定番、AIのStoryを歌いましたよ。先日発覚してしまったんですが、実は毎回こっそりBFがキーを半音下げていたんですって! 家でこの曲を聞いた時、(絶対音感のある)私が、「あれ? いつもより高くない?」って言ったことで、発覚しました。で、BFは自虐的に、キーを下げた画面の写真をとってましたよ(笑)
 お寿司も食べて、カラオケもいって・・・これで終わりかと思いきや、イタリアンで生ハムやらコロッケやらをつまみつつ飲んで、その後、チャイニーズで餃子と海鮮ラーメンを食べつつ飲んで・・・結果、3㌔太ったどー!ありがとうございます。

食べても食べても痩せていくっていうのは怖い。だって、カラダが栄養を吸収できないってことだから。なんか悪いやつがカラダの中にいるってことだから。だから、食べたら食べただけ太るっていうのは、幸せなことだよね。これからも美味しいものをたくさん食べて、(BFに嫌われない程度に)ぷっくりしていようと思います。

You're what you eat! 何が大事って、やっぱり、食べることだよ。で、何を食べるかってことだよ。何でも食べればいいってもんじゃない。カラダによいものを。心が喜ぶものを。そして大好きな人と一緒に。

Wishing you a very happy new year!

Pre-Christmas Dinner

12月20日(火)、多忙なBFが時間を作ってクリスマス前ディナーにつれていってくれましたよ(Thank YOU!)

クリスマス前ディナーに相応しいレストランとして選ばれたのは・・・じゃじゃーん! 田園調布にある大好きなイタリアンレストランBless Cuisineでした!

このお店、本当に美味しいお料理を出しているんですが、土地柄か、PRを頑張っていないからか、予約をしなくても入れちゃうんです。最初はそれがとても心配で、「いつか閉店してしまうのかしら」と思ったりもしましたが、どうやらオーナーが道楽(?)でやっているのではないかという匂いを感じ取ってからは、そんな心配もせず、ただただ美味しいお料理を楽しんでいます。

そして、他の名店のスタッフの方々同様、このお店のウェイトレス(=オーナーの奥様)も、私たちに対して非常に低姿勢なんです。私たちは高圧的な態度をとったことは一度もありません。でもなぜかそういう、私たちからすれば、「ちょっと低くなりすぎなんじゃないですか?」と思うような接客なんです。絶対に、越えてはいけない線は超えないですし、気がつけば目線が低いというか、「お仕えしています」というメッセージをカラダ全体から発しているんですね。苦しゅうないですが、もうちょっと打ち解けてくれてもいいのになと思います。

さて、今回頂いたのは以下のとおりです。撮影はいつもの努力家の写真家(=BF)です。

生ハムとくるみのサラダ(生ハムは追加しなかったけど、いつもより多いような・・・)
海老のフリット(酸っぱいアボカドソースがいい感じ! 海老好きのBFの大好物です)
白身魚のグラタン(寒い夜にはこういう、ふーふーして食べるお料理がいいですね)
山形牛サーロインステーキ200㌘!(いつもは100㌘なんですが、念願の200㌘に挑戦しました。結果は・・・けっこうペロッと食べちゃいましたよ)
別のアングルから山形牛の美しさをどうぞ!
ジョン・レノンが受けた「プライマル・セラピー」について語っている最中です。幼少期に受けた傷が癒えないままの私は、ちょっとしたことが引き金になり、泣き出してしまいます。青山ブックセンターで、ビロードのうさぎという絵本を数ページ読んだ時も、涙が止まらなくなってしまいました。セラピー受けたほうがいいのかな・・・
ポケモンのブースターの真似をしています(←身内ネタです)ゴーっ!って言ってます。背中から炎が出ているイメージです。
山形牛を100㌘にしようか、200㌘にしようか、悩んでいるところです。結果、200㌘にしましたけどね🎵

Sunday, December 25, 2016

🎵ぱぱがサンタクロース🎵

社交ダンス旅行@熱海ニューフジヤホテルから帰ってきたら・・・サンタさんからのプレゼントがありました! Thank YOU! (サンタクロース=私のBF/リラのぱぱ)

🎵ぱぱがサンタクロース
ほんとうはサンタクロース🎵

いつも優しいぱぱでいてくれてありがとう。
いつも優しいBFでいてくれてありがとう。

こんな風にレイアウトされてたの! サンタさん、ありがとう!!

リラはとてもうれしそう! 

スノードームは死ぬまでにどうしても欲しかったもの! クマだし、車だし、サンタ運転だし、スノーマンがプレゼントつめてるし・・・最高!
 ずっと欲しかった帽子! ボンボンがついてるやつ! 
TOSHIBAのかすみドールさん。ボンボンのついてる帽子をかぶってます。くわいぃっ!

Tuesday, December 13, 2016

社交ダンスカップルレッスン健忘録(サンバ)

プロムナード&カウンタープロムナードランズは、お互いの腕と腕を重ね、肘が重なる位置で組む。鎖骨がいつも相手を向いているようにする。腕を組んでから、前の腕を外す。

スリーステップターンは、鎖骨を相手に向けながら、自分のスペースを確保しながらターン。

サンバロックスは、ウォークではなくステップなので、基本、動かない。女性が必ず男性より前にいること。お互い45度に開く。アクセントをつけるため、外へのアピールはゆるく、中心に向かったときはびしっと。必ずお互いの中間点で出会うようにする。

社交ダンスカップルレッスン健忘録(タンゴ)

カラダの軸は真っ直ぐ、左右の足の中間バランス。エア椅子に座っているような感じ。トウに乗る癖があるので、ヒールに乗る意識を持つこと。

送り足の膝の向いてる方向に進む。送り足の膝が出てから、進み足がでる。

右手、右肋骨、右足がつながっていること。その形をつくるには、右手を真っ直ぐ上にあげ、左にストレッチしたところで右手を下げて手を組み、右の肋骨を当てにいく。

股関節は常に折る。骨盤は常に垂直に移動する。

膝が内側に入る傾向があるので、太ももの内側に力を入れる。

いつも観客から顔が見える場所にいること(=頭を置いておくこと)。特にPPになった時に顔が右に入ってきやすいので気をつける。

Saturday, December 10, 2016

好きなお店

私たちの好きなお店は、お店側とお客側の線引がきちんとできていることです。よく通ってくれるお客様は「常連」として大切に扱うけれど、決して、馴れ合いにはならないのです。その対応はとてもあたたく、同時にピリッとした空気も流れていて、それが「常連」にはとても心地よいのです。そして「常連」も、その「店」と「客」の線を決して超えず、「今日も楽しんでるよ、ありがとう」というメッセージをカラダ全体から発し、お店の雰囲気作りに貢献するのです。

私たちは決して自己主張はしません。腰の低い客だと自負しています。 いつも下手、注文するのだって、「手が空いたときでいいんで・・・」というスタンスです。そんな私たちがここ最近、「ちょっと無理難題を言ってしまったかなぁ?」と思うことは、「あのぉ・・・エイビシュウマイ3個じゃなくて、4個にしてもらえますか?」というお願いをしたことです。でもこれは、 他のお客様たちは当たり前のようにしていることで、私たちはそれを見習ったというか、マネっこしてみただけで、元々はそういうお願いを思いついたりしませんでした。

そんな低姿勢の私たちですが、でもなんでしょう、毎日たくさんのお客様を見ているお店側からすると、何か違う!と分かってしまうのでしょうか。私たちには「食神」がついていること、そうとう場数を踏んていること、きっと怒らせたら怖いだろうこと等。だからでしょう、どのお店に行っても、お店の店主はいつもなんだかビクビクしています。私たちが下手に出れば出るほど、ビクビクが大きくなるようです。特に老舗、繁盛しているお店ほど、そういう傾向があるように感じます。

さて昨夜は、私たちの好きなお店、蒲田にある「海老勝」さんへ行ってきました。このお店は、まずお料理がとても美味しく、そして客層がよく、お店側とお客側の線引がきっちりしていて、とても居心地がよいのです。

頂いたのは以下のとおりです。写真はBF(=努力家の写真家)です。長年、食の写真を取り続けているせいか、どんどん良い写真がとれるようになってきていると感じています。そのうち、食の本を出しちゃうんじゃないかな。

お刺身一人前

カニを練り込んだお豆腐(名前は忘れちゃった!)
 幻の三浦葉山牛のローストビーフ
 衝撃の1780円!

白菜のおひたし(柚子がアクセントよ!)
 一杯目の日本酒、「冩楽」の一升瓶持ってます! どや!
(頼んでないのに、お店の方が持ってきてくれたのよ)
 鍋奉行はBF!
 二杯目の日本酒、「日輪田」の一升瓶持ってます! どや!
(頼んでないのに、お店の方が持ってきてくれたのよ)
 雑炊奉行はわたくし! 
 お雑炊できました! どや!
(溶き卵を入れたらすぐに火は消してね by 雑炊奉行)

Wednesday, December 07, 2016

My (How Many Times?) Krispy Kreme Doughnuts

初めてのクリスピー・クリーム体験は、2015年のバレンタインデーの前日でした。

(今後、2月13日は『クリスピー・クリーム記念日』にしよう! そうだ! カレンダーにそう記しておこう!)

さて、それ以来、私が「たびたい・・・」とアピールする・しないに関わらず、優しいBFはちょいちょい買ってきてくれました。

そして今日、記念日でもないのに、(いや、しいていえば、BFの大仕事が一段落ついたというところでしょうか・・・)また買ってきてくれましたよ! Thank YOU :)

今回は、以下のクリスマス仕様のもの3つ。
(しっかりと夕食を食べた後だったので、デザートとしていただのは1と2でした)

  1. 雪だるまの形をしたもの。表面はシュガーコートされていて、中にはイチゴ味のソースと甘いチョコレートクリーム。
  2. 円盤の形をしたもの。中にソースはなくプレーンな味。表面は青りんご味のシュガーコートで覆われていて、その上にはカラフルなスプリンクルが振りかけてあるもの。
  3. 赤いリボンのついたケーキの箱のようなデザインのもの。中は・・・まだ食べていないので不明。

で、毎回お約束のように、食べる前は、「ふたりで1個だけたべよう!」と言ってましたが、やはり毎回のお約束で、あっという間にペロっと2個食べちゃいました。美味しかった! 

優しいBFに感謝です。 いつもありがとう。  明朝、また一緒に、3を食べようね。

以下は、いつもの努力家の写真家(=BF)が撮ってくれましたよ。 Thank YOU!

リラん、見てごらん。ぱぱが買ってきてくれたよ。どれたびたい?
 リラん、ぱぱが写真撮ってくれるって。はい、ニコリ。

Sunday, December 04, 2016

AI



It's gonna happen soon.

"Cirrus. Socrates. Particle. Decibel. Hurricane. Dolphin. Tulip. Monki. Rila. Monki."

Sunday, October 23, 2016

吉野家デビューからの吉野家ファンへ



日経新聞の9月の「私の履歴書」の連載は、吉野家ホールディングスの安部会長の半生を振り返るものでした。新聞をとっていない私ですが、(安部会長を敬愛する)私のBFが全29回の記事のコピーをとってくれたので、読むことができました。Thank YOU!

激動の半生が、ギュッと29回の連載に凝縮されていました。スピード感のある文章は、読んでいる側をグイグイとストーリーの中に引き込んで、まるで安部会長の半生を一緒に生きているかのような躍動感が伝わってきました。

どの回だったかは定かではないけれど、10回以降のいくつかの記事を読んでいる最中に、「吉野家の『牛丼』が食べたい!」という衝動にかられました。これまで私は、吉野家の「牛丼」を食べたことがなく、その味を知らないので、そういう衝動が起こることが不思議でした。「牛丼」の描写が全くない記事でも、そのような衝動を覚えたので、もしやサブリミナル効果が使われているのでは?と疑いたくなるほどでした。

さて、全29回の記事を読み終わってしばらくしたある日、私のBFにとって運命的な日がやってきました。細かいことは省略します(というか伏せておきます)が、私なりに考え、彼の大切な日に相応しいサポートの形はこれしかない!と思い、実行に移しました。



10月20日(木)、吉野家デビュー(@蒲田店)をしました。正確にはかつて一度だけ、(今は閉店してしまった)六本木店で、朝定食(焼鮭)を食べたことがあります。でも肝心な、吉野家といえばこれ、吉野家が本家本元!というシグニチャー・メニューの「牛丼」を食べたことがなかったのです。しかし、いきなり「牛丼」というのも食べ切れるかどうか・・・というわけで、牛鮭定食(焼鮭+牛肉)を注文しました。初めて食す吉野家の「牛肉」の「タレ」は、さっぱり甘辛でフルーティー。飽きることなく、胃にも優しく、大変美味しゅうございました。



やはり「牛肉小鉢」ではなく、本家本元の「牛丼」が食べてみたい!と思い、翌日21日(金)、出勤前の朝食の時間帯に来店(@浜松町店)、人生初の「牛丼(並)」を注文しました。しょうがを多めに乗せ、サクサクッとかきまぜた後は、ワシャワシャワシャワシャと、最後のお米の一粒も残さず、一気に平らげました。毎朝、F蕎麦やY太郎でお蕎麦、Sウェイのサンドイッチ、K楽苑のラーメン等、炭水化物を食べることが多い私ですが、吉野家の「牛丼」を食べた後に得られる満足感の比ではないと感じました。



その味をまだ舌が覚えている今日22日(日)、またもや朝食の時間帯に来店(@蒲田店)、今回は「牛丼(並)」に温泉卵と味噌汁を追加しました。あと引く「タレ」の味の安定感。非常に美味しく、またもや大満足でした。

少々脱線しますが、店内には夜通し飲み続けて朝帰りしたとみられる20代の男性がいました。牛丼を注文したものの手をつけずに、カウンターにうっぷせていました。しばらくすると、ムクッと立ち上がりヨロヨロと店外へ。電柱にもたれかかり、何度か吐いている様子。数分後、吐き気も落ち着いたのか、店内に戻ってきました。牛丼は冷めてしまっているだろうし、あの状態じゃ食べることなんかできないだろうから、持ち帰りにするか、または手をつけずにお会計するんだろうなぁと思って見ていると・・・なんと、紙ナプキンで口の回りを拭いた後、ワシャワシャと食べ始めたではありませんかっ! さっきまで吐いていた人間が食べることができる吉野家の「牛丼」とはいったい!?神がかっている!と驚愕しました。男性はものの数分で平らげ、大きな声で「ごちそうさま!」と言い、お会計をして出ていきました。その足取りは、先程とはうって変わって、力強いものでした。吉野家の「牛丼」パワー、恐るべし!

さて、多幸感いっぱいで家に帰り、再び安部会長の記事を読み直しました。吉野家が長年守り続けている味、倒産と再建、BSEで受けた打撃からの復活、「早い、美味しい」というモットー、創業者・松田元社長の「あった方が良い程度のものならない方が良い。変えることを考える前に、何を変えてはいけなかを考えろ」という教えが強く心に響きました。

食後すぐに歯磨きをする習慣のある私ですが、先程「牛丼」を食べてから3時間がたった今まだ、口内に残る吉野家の「タレ」の味を消すのがもったいなくて、歯磨きをしていません。こんなに美味しいものを食べずに生きてきたなんて!なんてこと!今まで吉野家を知らなかったことがなんとも悔やまれます。新たな吉野家ファンとして、これからの人生、末永く、足繁くお店に通いたいと思っています。

Tuesday, October 04, 2016

Rila's 7th Birthday

Photo by #Graphium sarpedon (aka 努力家の写真家=BF)

先月15日はリラの7歳の誕生日でした。

今年はBFも私も忙しくて・・・でもお祝いをすることができました。
Thank YOU! 

リラが7歳ということは・・・私とBFが知り合って7年半です。 
近年は、出会ったころのようにいつも一緒!というわけにはいきませんが、色々なことを二人で乗り越えてきたおかげで、離れていても心・・・いえ、お互いにリラと「ビブリカル・コード(=霊的なへその緒)」でつながっているので、ふたりもつながっていると感じることができます。

どんなに忙しくても、BFは毎朝必ず、私とリラに会いにきてくれます。国内・海外出張の際も、ライン電話・動画でつながってくれます。本当に感謝しています。私だったら出来ないなぁって、リスペクトです。Thank YOU! 

来年のリラの誕生日も一緒に祝いことができますように。

Sunday, October 02, 2016

Skateboarding


16歳の頃、当時つきあっていたBFに、スケードボードの乗り方を教えてもらいました。学校帰り、夕方、公園の前の公道で。当時の私は若く、バスケット部に所属していて、運動神経もわりと良かったせいか、1〜2時間で乗れるようになったと記憶しています。

で、30年後の先日、「あ・・・なんかスケボーやりたいなぁ」ってふと思って、安いやつをアマゾンで購入。しばらく部屋でインテリアとして置いておいたんですが、、昨日、BFと一緒に、乗ってみることにしました。

衝撃的だったのは、30年ぶりとはいえ、まったく乗れないんですよ! バランス感覚もおかしいし、とにかく乗れない。ショックでしたね。いいところをBFに見せたいと思っていたのに、思惑は粉々にくじかれました。

いやしかし、BFは、運動神経がよく、1〜2時間もかからず、ボードの上に乗れて、走れちゃいましたよ。私の教え方が良かったのねっ!と鼻息荒く言いたいところですが、そうじゃなくて。だって、私の教え方って、「右足をこうっ! で、左足はこうっ! で、前に回転する時はこうっ! で、後ろはこうっ!」っていう感じで、まったく論理的じゃないんです。でも、BFは、私が言わんとしていることを感じて、そのとおりに動いてくれて、あっという間に乗れちゃいました・・・とさ。

さて、道具って、実はとても大事で、安物はやっぱりダメなんですよ。スノーボードのボードやブーツ、社交ダンスの靴にしても、高いやつは安定感があって、重心がぐらつかないっていうか、いいのです。で、今回購入したやつは、安物なんです。でも、30年ぶりのスケボーですから、感覚をつかむのにはいいかなって思ったんですけど・・・

いや、でも、道具のせいには出来ないっていうか、それ以前の問題があるってことに気づきました。30年経ってるんですよね、初乗りから。今、47歳で、三半規管もやられてきてますし、バランス感覚が取りづらいんです。でも、気持ちは、30年前に戻ってしまってるから、「できる!」って思っちゃって、無茶しちゃいました。

結果、お尻から落ちたのが1回。顔から落ちたのが1回。計2回、軽い脳しんとうを起こし、頭痛でました。それから、肘、膝、鼻の付け根をすりむきました。鼻の付け根に関しては、BFが応急処置(血を吸い出してくれたの・・・Thank YOU!)、救護(消毒&液体絆創膏を塗ってくれたの・・・Thank YOU!)、そして看護(鼻の付け根をずっと冷やしてくれたおかげで、腫れも引いたし、青あざもできなかったの・・・Thank YOU!)もしてくれたおかげで、軽症ですみました。ありがとうございました。

結論は、次回、スケボーやる時のために、膝と肘のパッドと、ヘルメットを買いましょうってこと。若い気になって、冬山に登山して遭難して死んじゃう人と、たぶん、同じ感覚なので、気をつけなくちゃ。

BFにも話したけど、スケボーから落ちて、地面に着地するまでの間の0.0001秒の間、そのすぐ前の0.0001秒の動作(張り切りすぎたこと)を後悔したんだよね。で、後悔したからというか、後悔する余裕があったから、「受け身」が出来て、急所を守れたんじゃないかって思います。

カラダってひとつだけだし、神様からの「借り物」ですから、大切に使わないとね。

Two Questions

神様が天国の入口で聞く2つの質門があるそう。それによって天国に入れるかどうか分かれるそう。
  1. Have you found joy in your life?
  2. Have your life brought joy to others?
私の答えは・・・

1は、yes! 社交ダンスに出会って、本当に楽しいなぁって思ってます。

2は、I don't know.  私の存在が誰かの幸せにつながったこともあると思うけど、今一緒にいる(とても忙しい)BFに、何が出来ているのだろう?って思う。してもらうばかりで、何もお返しできていないです。これから頑張ってお返しするね! Thank you and love you so much!

Sunday, August 28, 2016

競技会デビュー戦

今日は競技会デビュー戦で、N級、D級共に第3位でした。

私にとってはまずまずの結果かなと思ったんですが、競技歴の長いリーダーさんにとっては不本意な結果だったようで・・・競技会会場から私の自宅最寄り駅(武蔵小杉)までずっと反省会というか、かなりキツイことを言われました。悲しくて悔しくて泣きましたね、さすがの私も。

  • 「昔、僕が踊った時、友達は感動して泣いたんですよね。今のタニグチさんのダンスを見ても誰も感動して泣かないと思う」
  • 「競技ダンスはショーダンスと違うんですよ。そんなチャラチャラしたものじゃない」
  • 「自分は忙しい中、時間を作って練習して、競技に臨んでるんです。それが無駄になった感じです」
  • 「タニグチさんには心が無いんですよ。他人を思いやる心が無い。思いやる心を持ったほうがいいですよ」
  • 「今までのパートナーさんたちはちゃんとしてた。タニグチさんみたいな変わった人はいなかった。自分が下に降りて説明しなくちゃいけないっていう人はいなかったです」
  • 「友達のパートナーさんが自分勝手だという話を聞いていて、友達が可哀想だというくせに、それと全く同じことをしてるじゃないですか。それって馬鹿だって思います。本当に馬鹿ですよね」
  • 「2年前、自分は、85組中優勝したんですよ」


競技会に出場できたのは、リーダーさんがいたからで、本当にありがたいです。今後も、リーダーさんがOKなら、競技会には出場しようと思いますが、今日のこの「扱い」は一生忘れないし、許さないと思います。

今日は、先生とパートナーさんも、夕方のエントリーだというのに、朝早くから見にきてくれていて、楽しく踊ってる! カップルとして美しくて目立ってた! チャチャチャがすごく良かった! お世辞じゃなくて本当に良かった!と、良い評価をしてくださったのに、リーダーさんからはこんなに惨めな思いをさせられて、それもひどい言葉で・・・たぶん、いや絶対、一生忘れません。早く上手くなって、もっといいリーダーさんを見つけたいと思いました。

応援してくれたBFに感謝。先生とパートナーさんに感謝。教室の先生方に感謝。家族に感謝。競技選手の友達に感謝。ダンス仲間に感謝。小中高の友達に感謝。異業種交流会で知り合った方々に感謝。もちろん競技会に出られたのはリーダーさんのおかげなので、リーダーさんに感謝。(でも一生忘れないし、許さないよ!)


Saturday, August 27, 2016

ありがとう

明日は初・競技会です。

今日はリーダーさんと一緒に、リーダーさんの先生からレッスンを受けてきました。

明日、意識すべきことは、(1)肋骨から動く!(2)頬骨を上げる!

そのほか、パートナーとして出来ることは、(3)笑顔!

ここまでこれたこと、ありがたいです。教えてくれた先生方、一緒に戦ってくれるリーダーさん、ずっと支えてくれたBF、応援してくれた友達・・・本当にありがとう。

明日は、とにかく出来る精一杯の力を出して、楽しく踊れるように頑張ります。



Tuesday, July 12, 2016

Hikoboshi & Orihime



今年の七夕にはふたりでお願いしたの。
ずっと一緒にいられますようにって。
ベスト・フレンズ・フォーエバー。
あおちゅじ(aka ひこぼしさん)ともんき(aka おりひめちゃん)。

お互い健康でありますように。
そして幸せでありますように。

I love you to the milky way and back.

Tuesday, May 31, 2016

To My Beloved

あなたがこの世を去ってからもう15年です。15年前の今日、朝5時半くらいにあなたがこの世を去って、その15時間後くらいに、あなたがこの世を去ったことを知りました。

振り返れば、47年の人生、ローラーコースターのようでしたが、私は元気です。健康に不安があったり、現状に不満があったりはしますが、そこそこ幸せです。あなたに会う日はまだ遠いと感じていますので、迎えにはまだこないでね。

あなたと別れた後、もう二度と誰も愛せないと思ったけど、そんなことはなかったです。あなたを失ったことで、愛が枯れてしまえばいいと思ったし、もう二度と誰も愛さないと誓ったんだけど、愛が枯れることはなかったです。愛は自然と溢れて、注ぐ対象を求めてました。

今は、あなたと一緒にいた時間よりずっと長い時間を過ごしている人と寄り添って歩いています。不思議でしょう。長続きしない私が長い時間一緒にいる人がいるってこと。

いつまで一緒にいられるのかしら?って不安に思うことはありません。だって、私はもう分かってしまったんですから。あなたが教えてくれたんですから。ある日、別れがくるって。だから、できることは、その日まで、無邪気に、思いっきり、一緒にいる時間を大切にするだけです。

I love you - my first love.
I love you - my last love.

Bad Patient

私は「悪い患者」だと思う。なぜなら、本当のことを言わないから。

いやいやいや、これくらいのことならね、別に生死をさまようってことでもないし、想定内のことなんじゃないかって思うし、だったらあえて言う必要ないでしょって思うし、そんなに騒ぎたてることでもないような気もするでしょ、それにいちいち報告すると、面倒くさい患者だと思われちゃうんじゃないかなって思うし、薬はきいてないみたい、いや、きいてないけど、症状は軽くなった、ような気がするし、まぁ我慢できない範囲じゃないし、我慢すればいいし、我慢できるし。

私、この1年間、軽く5〜6回、風邪ひいてます。そして毎回、長引いています。症状はいつも同じで、熱なし、激しい咳、喉痛、痰で、最短で2週間、最長で1ヶ月続くという。

で、毎回、病院へ行くんですよ。でも、薬って、3日間分くらいしか出ないんです。で、毎回、その処方された薬を飲みきっても、治らないわけです。

じゃ、もう一回、行けばいいじゃないですか!ということなんだろうけど、そこが私の「悪い患者」ならでは!なところで、行かないんです。

先生に非はないの!治らない自分が悪いの!と思っちゃうというか、「ちょっとぉ、治んないんだけどっ!」みたいな感じで、病院に乗り込むクレーマー患者になりたくないというか・・・そんなわけで、毎回、行きません。ある意味、泣き寝入りですよね、これって。

でも今回、勇気を振り絞って、クレーマーになる覚悟を決めて行ってきました。

先生、驚いてました。「え? 毎回、咳がずっと止まらなかったの? え? 2週間? 3週間?」だいたいいつも、風邪をひくと、3週間くらい咳が止まりませんでしたって、今更ながら伝えました。そしたら先生、「検査する? レントゲンとか、血液検査とか?」っていうので、それはちょっとハードルが高すぎるっていうか、今回は様子みましょうよ!っていう気分だったので、検査はなしにしてもらいました。

でも、先生曰く、咳の様子が、どうやら喘息に似てるってことで、喘息の子供に処方するっていう、気管支拡張テープ(ホクナリンテープ)を出していただきました。「あまり効きすぎて、動悸がしたり、手足がしびれたりしたら、テープを半分に切って貼っていいからね」って。

先生、それってODですよねぇ・・・自分でOD見極めるの・・・まじか。

で、先ほど、抗生物質と、咳止めと、痰をきる薬を飲んで、気管支拡張テープを装着! 何か変化が?と思ったけど、そんな大きな変化はないようです。ただ、気のせいか、呼吸がしやすくなったような。いや、そんな気がするだけかもしれない。いや、わからん。でも、何か喉元、目元、痒かったところがスッキリしたような気がします。

これで症状が緩和されたからって、これで終わり!はだめですよね。この後、効き目についてとか、報告に多分行ったほうがいいんですよね。もしかしたら、風邪じゃなく、喘息かもしれないわけですし。

クレーマーじゃなく、「良い患者」になりたいと思います。

Monday, May 30, 2016

Sliding Doors and Right Path

Sliding Doors
もし私たちがもっと鈍感だったら
もし彼らが車両の端の席の前に立っていなければ
もし私たちが7号車に乗っていたら
もし彼らがもっと敏感だったら
もし私たちが車両の端の席に座っていなければ
もし彼らがもう少し図々しくなかったら
もし私たちが4番線発の電車に乗っていたら
もし私たちが車両の中央の席に座っていたら
もし彼らが7号車に乗っていたら
もし私たちがもっと図々しかったら
もし彼らが車両の中央の席の前に立っていたら
もし彼らが4番線発の電車に乗っていたら
もし周囲の人たちがもっと敏感だったら

Right Path
今朝、私たちは、足を怪我している女性に席を譲った。

本当は譲りたくなかった。何故いつも私たちなの? 他の人が譲ればいいのに。たまには楽してもいいじゃない。意地悪な気持ちも湧いてきた。

私は、大好きな彼の横に座っていたかった。短い間だけど、手を繋いでいたかった。私の大好きな彼も、同様に思っていてくれたんじゃないかなと思う。

それに・・・もしかしたら、彼女は、何度よろめいても、立ったまま、彼にしがみついていたかったかもしれない。彼は、何度もよろめく彼女を、男らしく支えたかったかもしれない。何なの、私がしたことは、余計なお世話だったの?

席を譲らないという選択肢もあったというのに、私はそれを選ばなかった。なぜなら、それは、私が信じる「正しい道」ではないから。

映画「Scent of Woman」の中で、アル・パチーノが演じたRetired Lieutenant Colonel Frank Sladeのセリフを思い出した。

“I always knew what the right path was. Without exception, I knew, but I never took it. You know why? It was too damn hard. Now here's Charlie. He's come to the crossroads. He has chosen a path. It's the right path. It's a path made of principle that leads to character. Let him continue on his journey. You hold this boy's future in your hands, committee. It's a valuable future. Believe me. Don't destroy it. Protect it. Embrace it. It's gonna make you proud one day, I promise you."

「ありがとうございました」 電車を降りる私たちに、彼女が言った。忘れそうになっていた私たちの傘を手渡してくれようとしていた。

私は、これからも、どんな時でも、私が信じる「正しい道」を選ぼうと思う。例えそれが、たくさんのクエスチョンを残す結果になったとしても。

Thursday, May 05, 2016

Toxic Parents

母から電話がきた。

「明日、会社のお客様のお葬式が入っちゃったの。だから、午前中は駅まで迎えにいけるんだけど、帰るときに駅まで送っていくのは午後8時すぎになっちゃうんだけど、大丈夫?」

「そんな忙しい思いしてまで送迎してくれなくていいよ。ぶっちゃけ、私だってかなり無理して帰省しようとしてるんだよ。別の日、また別の週末に帰省するからさ。」

これから、次々と、溜まったものが出てきてしまった。母の日が近いというのに・・・母の心をナイフで切り刻んでしまった。

「今のこの状況は・・・お父さんとお母さんの責任だよ。お父さんとお母さんが作った子供たちだよ。お父さんとお母さんが会話して、解決すればいい。妹の件も、弟の件も、結局、私が手助けすることになったけど、でも本来これは、お父さんとお母さんがすべきことだよ。確かに、留学した時、たくさん投資してもらったから、今はお返しする時期なんだと思ったけど、もうこれ以上はできないよ。私は自分のことで精一杯。治療も大変だし。いつ死ぬか分からないんだし、もうこれ以上、イヤ。」

はい、今日は(も)、酔っ払ってます。でも私、酔っ払ってる時は、全てのミッターが外れているので、本心を伝えやすいようです。ただそれによって、周囲の人を傷つけてしまうこともあるようです。気をつけないといけないですね。

でも、周囲の人は、私ほど、傷つきやすくはないみたい! だから気にしない、気にしない!

Wednesday, May 04, 2016

BFF

離れているときに、感じるこの感覚。
カラダの一部が欠けてる感じ。
「I miss you」じゃ足りない。

あなたは私の大切な人です。
これからもずっと一緒にいたい。

神様にお願いします。
どうぞ私たちをずっと一緒に。

Please let us be together forever.
You're my BFF.



Sunday, May 01, 2016

Two Year Anniversary

2年前の今日、聖路加国際病院で右乳房全摘出手術を受けました。
(詳しくは、こちらで⇒ Breast Cancer 15

2年前の今日は、目の前のことだけしか見えず、2年後のことなんて考えられませんでした。

乳がんの手術を受ける前は、手術が一番大変だと思っていました。でもそれよりも、術後の再発予防の「治療」のほうが大変でした。

何度もやさぐれ、「治療」をやめる!と宣言し、優しいBFを困らせました。でもなんとかふんばり、2月19日に最後の「抗癌剤(=リュープリン注射=女性ホルモンを止める薬)」を終えました。3ヶ月溶剤なので、効き目は5月下旬くらいまでですかね。それ以降は徐々に、女性ホルモンが出てくる予定です。婦人科の先生いわく、私の年令だと生理も戻ってくるはずだそう。1年くらいまで気長に様子をみてくださいとのこと。

愛するBFに支えられ、今日までなんとかやってこられました。当初は本当に、未来に対して悲観的でしたが、今は、明日、来週、数ヶ月先のことも考えたりできるようになりました。

病院通いも、2年前は頻度がむちゃくちゃ高かったんですが、今は、乳腺科も婦人科も4ヶ月おきでよいとのこと。

前回の診察では、乳がんの再発もなく、子宮体がん、子宮頸がんもなく、ほっとしました。心配しても仕方ないですから、今は、与えられているこの人生を思いっきり生きる! 楽しむ! 

大好きなBFに、ありがとう。出会ってから今日まで、特にこの2年間、愛を注ぎ続けてくれて、励ましてくれて、支えてくれて、ありがとう。心から感謝しています。

Tuesday, April 26, 2016

リーダー募集

社交ダンスのリーダー・パートナー募集掲示板4つに「リーダー募集」広告を出しました!

* * * * *
都内在住、40代半ば、身長164㎝。 

社交ダンス歴は、スタンダード2年、ラテン9ヶ月です。ラテンメインで、競技会を目指して一緒に練習してくださるリーダーさんを探しています。 

30代後半〜40代後半、身長173㎝〜178㎝、学連卒またはスポーツ経験有、週1〜2回くらい練習できる方(非喫煙者)が希望です。
* * * * *

短い広告だけど、条件はかなり厳しく、間口の狭い募集になってます(苦笑) 

昨夜、ラテンの先生と話して再確認しました。私は理性的というよりも感覚的なので、リーダーを決めるときは、ココロの言うとおりにすることが大事だと。

例えばアタマで考えて、「この人タイプじゃないけど、持ち級はかなり上だから、カップルを組んだら上位にいけそう!」っていうのは、私には向いていないのです。前回のお見合いがまさにそうで、結果、「やっぱり無理!」ってなって、相手にも悪いことしてしまいました。

だからこれからは、ココロの思うままに。たぶん第一印象の良し悪しは正しい! ルックス重視。でもそれだけじゃなくて、にじみ出てくる雰囲気、声のトーン、踊ったときの手の感触、肌の匂い等。

焦らずゆっくり、でも妥協せずに探します!

Tuesday, April 19, 2016

Zombies

私には頻繁に見る夢がある。だいたいいつもストーリーは同じで、時には前回の続きから始まったりする。だいたいいつも目覚めたときに夢でよかった!と思いつつ、嫌な後味がしばらく続く。

迷路のようなお城や病院や学校やデパートの中から脱出しようとしてる夢。高級ホテルのペントハウスを予約してるのになかなかたどり着けなかったり、鍵をなくしてしまったりする夢。マンハッタンをタクシーや地下鉄を使って移動してるけど目的地につけない夢。荷造りや着替えが上手くいかない夢。ゾンビに追いかけられる夢。死んでしまった初恋の彼と待ち合わせをしてるのに、待ち合わせの時間に間に合わない夢。トイレで用を足そうとしているけど、トイレが見つからない夢。乗った飛行機が離陸に失敗して空中分解するんだけど、奇跡的に生き残る夢。歯が全部抜けてしまう夢…。

今日はゾンビに追いかけられる夢だった。これはかなり怖い内容で参ってしまう。ゾンビは伝染するのだ。カラダのどこかに傷をつけられると、ゾンビに感染する。外見的には一見誰がゾンビかわからない。仲良く話していたらゾンビだったとか、さっきまで人間だったのに感染してしまったとか。ゾンビだとわかるのは一瞬で、傷をつけようと思った瞬間、目が緑色に光る。家族だって、友人だって、彼氏だって信じられない状況。一瞬でも気を抜けば、傷をつけられ、感染し、ゾンビになってしまう。そしてゾンビは、自分の存続のためには、一定時間内に誰かを感染させなければならない。もし時間内にそれが出来なければ永遠の死が待っている。誰かを不幸にして自分が生き続けるか、永遠に生まれ変わることのない死を選ぶか。私の夢の中では、誰かを不幸にすることを選んだものたちがゾンビとなって増幅していく。周りがほぼゾンビになった世界で、私はひとりで逃げ続けるという夢だ。

そして目覚めて、夢でよかったと安堵したのもつかの間、現実の世界でも似たような状況が待ち構えていたりする。はぁ〜、こんなの疲れちゃうよね。

Monday, April 18, 2016

Happy but Jealous

「しあわせ?」と私が聞くと、「人から必要とされているからしあわせ」と元彼は答えた。大好きな仕事をして、充実した毎日を送っているのが伝わってきた。「いいね、いい答えだね」と返信したけれど、私の中には、「I'm happy for him」と「I'm jealous of him」という気持ちが共存していたんだと思う。その時は気がつかなかったけれど。

今の私は「誰からも必要とされていない」と感じている。いやいや、家族からは必要とされているでしょう? 職場からは? 友達は?と自問してみたけれど、「必要」ってほどでもないんじゃないかな、代替はいるんじゃないかな、いいように使われてるだけじゃないかな・・・という答えが並んで、「誰からも必要とされていない」という思いは強くなった。人から必要とされるということは、愛されているということだと思うから、結局、今の私は誰からも愛されていないってことになる。

私は元々、自己評価が低かった。勘がよく何でも器用に出来るというのに、どうにもこうにも自信がもてなかった。愛されるに値しない人間だと感じてきた。それは、今までの様々な経験の積み重ねが原因だと思う。保育園では、お迎えが一番最後でなかなか迎えにきてくれない母を待っていた。学生時代は、同級生(女性)からよく妬みを買った。仲間に入れてもらえなかった。結婚適齢期には、よくモテた。でも誰ひとりとして私をお嫁さんにもらってはくれなかった。前職では200倍の倍率で雇われたというのに、数年後のリストラで「必要のない人」として切られてしまった。

今のBFとは7年間も一緒にいる。私にとっては人生最長のおつきあいだ。BFが愛を注いでくれたおかげで、やっとのことで「私って、愛されるに値する人間かも」って思い始めた頃、「乳がん」がやってきた。手術により右胸を失っただけでもショックなのに、ホルモン治療の副作用で更年期症状が出ていることで更にショックを受けることとなった。乳房は再建したとはいえ、手術の傷跡が残る胸を晒すのが恥ずかしい。リュープリン注射で閉経状態に入ってからというもの、分泌液の出が悪くなり、BFと体を重ねる際に痛みを感じ、次第にそれが苦痛なり、そしてその機会は皆無となってしまった。47歳という若さで、私のカラダはおばあさんのようになってしまった。女性として、人間としての価値が下がってしまった。やっぱり私は愛するに値しない人間なんだと思い始めた。

乳がんの術後、酒量が大幅に増えた。飲んでも飲んでも、記憶をなくすくらい飲んでも、心とカラダの痛みは消えやしないのに。お前は愛するに値しない人間なんだと、自分を懲らしめているのかもしれない。いや、愛するに値しない人間なんだと、私を取り巻く全てに証明しようとしているのかもしれない。

ともかく、あの夜は、非常に酔っていた。もちろん記憶なんかありゃしない。ただ、こうして、素面で分析してみると、あの時、私はとても卑屈になっていて、私の中には、私 < 私以外の全ての人々という不等号があって、「私以外の全ての人は私より幸せ」と感じていた。というより、「私は不幸せ」「私以外の全ての人は幸せ」くらいに思っていたのかもしれない。

酔うと手当たり次第LINEやらメールやらをする悪い癖がある。あの夜は、何人かにメッセージを送ったようだ。「しあわせ?」と私が聞くと、「人から必要とされているからしあわせ」と元彼は答えた。

半年という短い期間だったけど、ご縁があって一緒に歩いた彼。朝から晩まで料理のことでアタマがいっぱいで、スタッフを家族のように大切にし、いかにお客様に喜んでもらえるかを最優先にして、毎日板場に立つ。頑張り屋で、ポジティブで、人の悪口を絶対に言わない人。彼のような人は幸せになるべきだし、やはり神様は見ていて、彼を幸せにしてくれている。だから私の「I'm happy for him」にウソはない。けれども、「誰からも必要とされていない」と思う私の心に、元彼の「人から必要とされているからしあわせ」が突き刺さった。イタタタた・・・その瞬間、「I'm jealous of him」が生まれ、私は元彼を「私以外の全ての幸せな人」のグループに仕分けした。

そんな最悪のタイミングで、毎日忙しく働いているBFに絡んでしまった。彼のような、忍耐力があり、努力家で、自己犠牲の愛に溢れた人は幸せになるべきだし、彼の幸せをいつも祈っている、その気持ちにウソはないけれど、私の心は、彼の幸せをも妬んでしまった。家族からも、友人からも、会社からも必要とされている、愛されている彼のことを「誇り」に思う反面「一番身近にいる一番の敵」のように思ってしまった。そして彼をも「私以外の全ての幸せな人」のグループに仕分けしてしまった! 

こんな私だから、誰からも必要とされるわけがない。愛されるわけがない。私が男(またはレズビアン)だったとしても、私みたいに女は愛せないし、要らないって思う。

これからどうやって生きていこう。神様、助けて。

Ugly on the Inside and Outside

2年前に乳がんと診断され、右胸を失った。そういう経験をした後、人生の価値観が変わり、キラキラと輝く人々が多いというのに、私は、逆だった。卑屈になった。視野が狭くなった。妬みがましくなった。傲慢さが増した。自分でもイヤなくらい「ブス」になった。

今頃になってやっと気がついた。バランスのとれた体の美しさを失ったのと同時に、心のバランスも失った。というか、心を失った。内面、外見共に、「ブス」になってしまった。外見の「ブス」は美容整形で治るけど、中身の「ブス」を治す薬はない。いや、あるとすれば、天地がひっくり返るような劇的な出来事、例えば、BFとの別離。

今朝はBFと会えなかった。毎朝会っているというのに。私の「ブス」さにとうとう嫌気がさしたのだろう。本当に申し訳ない。いや、申し訳ないじゃ済まない。でもリセットできない。上書きの術も知らない。

こんな「ブス」な私に今まで忍耐してくれてありがとう。しばらくひとりで考えます。「ブス」が治ったらまた会えるといいな。


Tuesday, March 29, 2016

子宮頸がん+子宮体がん検査

今日は婦人科のアポがありました。どうやら、抗癌剤(経口薬タモキシフェン)をしていると、子宮体がんのリスクが上がるらしい。ということで、年に一度の子宮頸がん検査と子宮体がん検査をしてもらいました。

子宮頸がん検査は、痛くもかゆくもありません。膣鏡っていう、膣腔内に挿入し開大するための器具を挿入して、子宮頸部をこすり、細胞を採取します。あっという間に終わります。

子宮体がん検査は、鏡っていう、膣腔内に挿入し開大するための器具を挿入した後、細い棒状のブラシを子宮内に挿入して子宮内膜細胞を採取します。少々痛いというか、引っ張られてるような変な感覚があります。検査後は、生理痛に似た痛みが少々あり、うっすらとですが出血があります。 また、ちょっとですが、発熱もありました。

乳がんの再発を防ぐための抗癌剤(経口薬)での治療をしていると、子宮体がんのリスクがあがるってデータがあるらしい。やっぱり、がんに限らず病気って、どこか一箇所だけ治せば済むってものじゃない気がする。体全体のバランスが悪いから、どこか一箇所に不具合が出たってことだと思うから。

もし万が一、子宮体がん検査の結果が悪かったら・・・乳がんの治療はやめる! 子宮体がんの治療や手術なんてしない! 8センチ大の子宮筋腫も切らない! 

生まれたままの自然な状態に、体を戻してあげたいと思います。


Tuesday, March 08, 2016

最後のリュープリン注射

先日2月19日(金)、乳がん治療(=ホルモン治療)のひとつが終わりました。この2年間、四半期に一度、お腹に打ってきた「リュープリン注射」の最後(計8回)が終わりました。 

私の乳がん治療は以下2つです。
(1)「リュープリン注射」により女性ホルモンを止めること。
(2)「タモキシフェン(経口薬)」により女性ホルモンとがん細胞が結びつかないようにすること。

(1)の「リュープリン注射」は、術後1ヶ月目から始めました。そして、すぐに生理が止まりました。 (2)の「タモキシフェン」は、術後1ヶ月半目から始めました。そのあたりから、副作用として、更年期障害の症状が現れはじめました。最初の数ヶ月は、鬱がひどく、「消えたい」と思ったりしました。その後は、ホットフラッシュ、発汗、鬱、手足のかじかみ、関節痛、肩こり、性交痛・・・等に苦しみました。やさぐれて、側で支えてくれていたBFにあたることも多かったように思います。

乳がん治療というと、世間は、点滴を思い浮かべると思います。実際、点滴の治療を受ける方は多いと思いますし、私も薦められました。でも私は、その副作用(吐き気、脱毛等)が大きいことを知っていたので、なんとしても避けたいと思っていました。結果、高額な遺伝子検査(=アメリカに細胞を送って検査してもらいました)をし、点滴による治療が効果的ではないということが判明したため、ホルモン治療だけでいこうということになりました。

振り返れば、長いような短いような、中身の濃い2年間でした。点滴の治療をして、その副作用で髪が抜けたりすると、世間は驚くと同時に優しくなるんじゃないかなと思います。でも私のように、ホルモン治療をしているだけだと、副作用は目に見えづらいですし、世間は「もう治ったんだね」という感じで、扱いが軽いように感じます。でもぜひ分かっていただきたいのは、点滴も注射も、「抗がん剤」なんです。どちらの治療法を選んでも、がんと戦っていることに変わりはありません。点滴は最大で6ヶ月ですが、注射は2年間で、どちらも副作用があります。苦しみや痛みの許容量は、ひとそれぞれなので、どちらの治療法が苦しいとか楽だとか、それは比べれらないんじゃないかなと思います。結局、どちらも辛いと思います。

今の日本では、12人に1人の女性が、乳がんを発症すると言われています。皆が高額な遺伝子検査を受けられるわけもなく、先生に薦められるまま、疑うことなく点滴の治療をしてしまうんだと思います。でも、自分の体ですから、自分の納得できる治療法を選択したいと私は思い、そのようにしました。

実は先日の検診で、「リュープリン注射は、5年間にしようという流れがある」と、主治医に言われました。「延長しませんか」と暗に言われたわけです。で、私は即答しました、「いいえ、けっこうです」と。5年間治療した場合の生存率が上がるというデータがあるのはわかります。でもそれはあくまでもデータで、私のケースがそこに当てはまる保証はないのです。たった2年間、されど2年間、もう十分頑張ったと思います。100%生存率が上がるわけじゃないというのに、これ以上この苦しい治療を続けるのはもう本当にイヤなのです。

今後ですが、これから3年間、経口薬(=タモキシフェン)での治療を続ける予定です。それが終わった頃、再発がなかったなら、聖路加でボランティアがしたいと思っています。私も術後にボランティア(=乳がん経験者)さんとお話する機会があり、抱えていた不安が軽減しましたし、ボランティア(=乳がん経験者)さんが健康を取り戻している姿をみて、未来に希望が持てそうな気がしたという経験がありますので、私も同じように、お役に立ちたい、ご恩返しがしたいと思っています。これから手術をする人たち、手術が終わった人たち、そういう人たちの対話の相手になりたい、明るい未来を描けるように、身をもって示してあげたい、何かしらの手助けがしたい、と思っています。また、具体的には、点滴の治療を避けるための道もあるということ、もっと患者主導の治療をしたほうがいいということを、伝えたいと思っています。

最後に、この2年間、ずっと支えてくれたBFに心から感謝しています。本当にありがとう。ひとりでは絶対にここまでこれなかった。Thank YOU!


父と娘の会話(RE:息子=私の弟の肥満について)

父: 先日はご苦労様。[息子=私の弟]の肥満が止まらない。このままだと死ぬ恐れ。食生活を大幅変換可能か、自己規制可能か、それとも入院するか、本人に打診下さい。このままだと、五年先に[娘=私の妹]、[息子=私の弟]、二人、重傷で、家族共倒れの危険あり。今の内に、対策が必要。お金は用意します。生活、仕事、鬱病、肥満の悪循環を断ち切る処方箋は体力を強くして、自信をつけるしかないと思う、これはお父さんの経験と知恵です。

娘: 私も(弟の肥満が)心配になりました。[弟]と休みを合わせて肥満外来クリニックに連れて行きます。今後、病気になるかもしれないし、ならないかもしれない。なった場合は(運命なので)仕方ないと思いますが…家族なので見捨てるわけにはいきません。出来る限りのサポートはして行こうと思います。まずは自己管理。自分を管理出来ない人は他人を助けることも出来ないですから。

父: お前も病み上がり。先々のことも不安。しかしお父さんが元気である限り、支援します。有事の時は連絡方。

娘: 明日午前9時に自由が丘駅で待ち合わせし、肥満外来があるクリニックに連れて行きます。経口薬、運動、食事制限、メンタルケア等で治療してくれるそうです。[弟]も同意しました。診療の後、昼食を一緒にとった後、私は職場へ向かう予定です。

父: 有り難う。本人が、成人病の危険を認識して欲しい。未だ生きて人生を知って欲しい。苦労を掛けて申し訳ない。費用は請求して。重ねて感謝します。

娘: もっと早くアクションを起こせば良かったと、(こうなるまで放置していたことが)悔やまれます。これからはしっかりサポートしていきます。

Wednesday, January 20, 2016

Prayer

一日に何度も「感謝」しようと思う。

遅刻せずに出勤できました、ありがとうございます。
BFが優しくしてくれた、ありがとうございます。
美味しくご飯が食べられました、ありがとうございます。
無事に仕事が終わりました、ありがとうございます。
両親、妹、弟が健康です、ありがとうございます。
上司が面白い話をしてくれました、ありがとうございます。
友達が私を思い出して食事に誘ってくれました、ありがとうございます。

それから、ちょっとだけ、お願いしようと思う。

BFが無理せず無事に帰宅できますように、お願いします。
午後もまた順調に仕事が進みますように、お願いします。
外出中のチーム一同が無事に訪問先に到着できますように、お願いします。
家族が健康で幸せでありますように、お願いします。
明日もまた面白いことがありますように、お願いします。
イベントが無事に成功しますように、お願いします。

これって、クリスチャンの祈りなんですよね。まずは与えられているもの・ことに感謝する。そして少しだけ、お願いするっていう。ここ20年くらい忘れていました。だめですね。反省です。

Sunday, January 17, 2016

My Dance Partner

今日(も!)「お見合い=踊り合わせ」でした@渋谷区文化総合センター大和田。

結果は・・・ダメでした。

社交ダンス歴5年という方。他のスポーツ歴もなさそう。バンド等、音楽もやってなさそう。リードが分からないし、ホールドも美しくないし、リズム感もないし。それにイケメンじゃない。

残酷なことですが、社交ダンスっていうのは、組んだ瞬間に、上手か下手かっていうのが分かるのです。ですが、下手だとわかっても組んでしまったからには1曲3分くらいは踊らなくてはなりません。

今回のように「お見合い」の場合は、1曲で終わらず、スタンダードとラテン、踊れるダンスは全て踊ることになります。かなり長い時間、残念な気持ちで踊ることになります。

踊りながら、周囲で踊っている上手な方が視野に入ってきます。「お見合い」なので、そう簡単には他の人とは踊れないので、指をくわえて見てるだけです。

終盤、「トライアル」という誰とでも組んで踊れるダンスで、東京ダンスアーツの常連さんたち、お上手な方々が誘ってくださったので、そこそこ楽しかったです。それがなかったら散々な結果だったと思います。

もっと練習して、もっとうまくなって、はやくダンス・パートナーKさんと競技会に出たいです。Kさんの相手としてふさわしくなれるように頑張ります!

Wednesday, January 06, 2016

Looking for a Dance Partner

2016年はぜひ競技会にトライしたい!ということで、昨年末にダンスパートナー探しを始めました。

数名と踊り合わせをして、いいなぁと思える方に出会うことができたんですが、ブラック企業勤務らしく(苦笑)なかなか練習が出来ないという現状で・・・もっと練習したい! はやく競技会に出たい!

というわけで、またパートナー探しを再開しました。

今回はアマチュアの方に限らず、プロの方にもお声がけしています。

年代は30代〜40代。
身長は170センチ〜180センチ。
ダンス歴は10〜15年、学連OB。
非喫煙者。
独身。
国籍問わず。

という、条件で検索しています。

今週後半または来週に、30代半ばの外国人の方(プロ)と「お見合い」をする予定です。

よいご縁がありますように♪


Monday, January 04, 2016

2016年1月4日の夢

(今朝起きて、一気に書いたもの、校正なしを、そのままアップしています)

ニューイヤーズ・イブのパーティーが終わった。床にはいくつものキャンドルがある。部屋は薄暗く、ぼんやりとした輪郭しかみえない。  私と彼はベッドで寝ている。

急に誰かが部屋に入ってきた。ベッドサイドから何かをとり、去っていった。 誰かはすぐに分かった。あの男だ。先日、わざと時計を忘れていったんだ、私から連絡がくることを期待して。だけど私は、時計にも気づかなかったし、連絡することもなかった。 

横で寝ていた彼が目を覚ました。誰かが玄関から入ってきたの!玄関のドア、ロックしなかったの? と私が聞くと、しなかったかもしれないなと彼が言った。 

私たちは、残り物のトマトソースのペンネを冷蔵庫から取り出して、ベッドに寝転がりながら食べていた。トマトソースが平皿からこぼれそうになり、彼がベッドサイドに置こうした時、平皿の中身全てをベッドカバーの上にこぼしてしまった。

カバーはすぐに洗えば染みにならないから大丈夫。と思って横に目をやった瞬間、愕然とした。私たちの間に寝ていたリラにトマトソースがかかってしまった。 

リラをバスルームに連れていき、スプレー洗剤で汚れを落とし、シャワーで洗い流した。何度かそれを繰り返してみたものの、汚れは完全には落ちなかった。染みになってしまった。 宮崎のぬいぐるみクリーニング専門店にまた送らなくちゃ。先日、クリーニングに出したばかりなのに。 

ベッドルームにもどり、リラをみると、全く違う風貌になっていた。色は水色で、長いフサフサした毛が垂れ下がり、表情が見えなくなっていた。 抑えられない怒りが込み上げてきた。

こんなのリラじゃない。こんなんじゃもう愛せない。もういらない。そう彼に言い放った。

翌朝、私たちは庭に散らかった残飯や汚れた食器などと片付けていた。まだ封の空いていないチップスやクッキーなどもあったが、全て大きなゴミ箱に放り込んだ。

その後、私たちは道を歩いていた。私は彼に思いを伝えはじめた。 

あなたはとても忙しくなって、そのペースの早さについていけない自分が情けなかったし悔しかった。世界を飛び回り生き生きと仕事をしているあなたを尊敬するのと同時に嫉妬してた。あなたは私が欲しいものを持ってる。やりがいのある仕事、愛する家族。あなたのことは大好きだけど、もしかしたら大嫌いになるかもしれない。だから別れましょう。そうなる前に。あなたには愛する家族がいるんだから、ちっとも悲しくないはずよ。だから私からさよならを切り出させて。10年も一緒にいた元カノが、あなたと一番長くつきあった愛人であるべきよ。彼女は若く美しい時代をあなたに捧げたんだから、あなたに一番愛された愛人という称号をあげるべきだわ。だから私は決して10年を超えてあなたと一緒にいてはいけないの。

彼は何も言わず、私の唇に唇を重ねた。

もうわかった、これ以上何も言わなくていい。 
お願いだから、そんなことはいわないでくれ。 

彼の唇から、矛盾するふたつの思いが伝わってきた。
大粒の涙がポロポロとこぼれた。

Sunday, January 03, 2016

訃報

今朝起きてすぐ、ニューヨーク在住中にお世話になったMさんの誕生日(12月31日)にメッセージを送るのを忘れていたことに、ふと気づいた。

軽いトーンで、短いメッセージを送った。

* * * * *
Happy belated birthday! Wishing you a joyful and healthy year!! Please let me know if you have time to chat over lunch or dinner.
* * * * *

数分後、返信があった。

* * * * *
This is his daughter writing on my father’s account. Sadly, my father passed away suddenly in December. On behalf of his family, I thank you for your friendship with my father while he was alive. I will continue to monitor his accounts until I eventually close them at some point.
* * * * *

びっくりした。Mさんの娘さんからの返信で、Mさんが亡くなったことを知った。

「Mr. バドワイザー」と周囲から言われるほど、バドワイザーを愛していた。カラオケやダンス(特に社交ダンス)が大好きだった。「Life is beautiful」が口癖だった。

NYでは本当にお世話になった。当時の若い私では見ることのできなかった世界を見せてくれた。ペニンシュラホテルのルーフトップバー、ロッカフェラーセンターの65階にあるレインボールーム、ウエスト・ヴィレッジにあるOne if by Land, Two if by Sea、セントラル・パーク内にあるTavern On the Green等の高級レストランでのディナー。ミュージカル「RENT」、オペラ「カルメン」。(私がインフルエンザにかかりキャンセルすることになったが・・・)カリブ旅行も用意しれくてた。

私の若い頃を支えてくれたのは、両親だけではなく、Mさんのような人たちだった。私の「可能性」にかけて、投資しれくてたおかげで、今の私が形成された。

すぐにMさんの娘さんに返信した。

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お父様のご逝去を知り、大変驚いております。本来なら直接お悔やみに伺いたいところですが、このような形になり申し訳ありません。 

お父様にはニューヨーク在住中に大変お世話になりました。ニューヨーク大学を中退した後、アルバイトをしながら生計を立て帰国を渋っていた私に、「早く帰国して就職しなさい」と助言を下さいました。お父様の助言がなかったら今頃どうなっていたかと思うと末恐ろしく、感謝の気持ちでいっぱいです。 

お父様の「社交ダンス」に対する情熱に触発され、2年前から社交ダンスのレッスンを受けております。いつの日か私の通う教室のパーティーへご招待し、一緒に踊っていただければと思っておりました。それが叶わなくなった今、ご招待するのを先延ばしにしていたことが無念でなりません。 

お父様には人生の先輩として多くのことを教えていただきました。特に「Life is beautiful」という口癖と共に常にポジティブな志向を持つことの大切さを学びました。これからも教えていただきたい事が沢山ありましたのに、本当に残念でなりません。 ご生前のお父様の優しい笑顔ばかりが思い出され、胸が痛みます。心よりご冥福をお祈りいたします。 

心身共にお辛い時だと思いますが、どうかご無理をなさいませんようご自愛ください。
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Mさんに教えてもらった「Life is beautiful」をいつも心に刻み、これからの人生、美しい瞬間ををたくさんあつめていこう。

Mさん、RIP。

Saturday, January 02, 2016

2016年1月1日の夢(初夢)

(今朝起きて、一気に書いたもの、校正なしを、そのままアップしています) 

どこかからの帰り道。私は4人の男友達と一緒にいる。4時からのダンスレッスン前に、ダンスシューズやウェアを取りに、家に戻るところ。 ブルマを買わなくちゃ。踏切を渡ったすぐ左手に洋品店がある。そこの地下に売ってるはずだから寄っていこう。

踏切の警報機がなり、踏切が降り始める。でもまだ完全には、降り切っていない。 私は、渡れる!と思った。渡ろうと思った次の瞬間、男友達の1人が、渡るな!と叫んで、私を止めた。

5秒もたたないうちに、上りと下りの電車が続けて踏切を通過した。上下4本の列車が走るこの踏切の幅は、40メートルくらいある。もし制止されず、またはそれを無視して渡っていたら、渡りきれなかっただろう。 

踏切があき、洋品店の前にさしかかったところで、ブルマはいらないなと思った。家にあるスウェットで代用できるとった。結局、買うことはしなかった。 

家に戻ると、 ダンスレッスン開始時刻の4時まであまり時間がなかった。これからシャワーを浴びて、歯を磨いて、髪を乾かし、メイクをして・・・支度して出かけてると、どんなに急いでも、10分くらいは遅れてしまう。 

急いでシャワーを浴び、歯を磨いた。おかしなことに、何度も何度も口をゆすいでも、歯磨き粉が口に残る。壁時計をみると、3時50分。レッスン開始10分前。先生に電話をしなくちゃ。 

ここで気づいた。どうやら私は自宅ではなく、妹のアパートにいるようだ。目の前にシルバーの固定電話がある。ダンス教室のメンバーズカードをとりだし、そこに書かれている番号を打とうとするが、うまくいかない。一度はかかったものの、教室の先生や生徒の話し声が聞こえるだけで、誰も応答してくれない。

イライラして、この電話つかえない!と、シャワーを浴びている妹に叫んだが、妹には聞こえなかったのか、回答がなかった。 

そうだ、携帯からかけよう! と、携帯を手にとると、いつも使っている機種ではなく、ガラケーだった。番号検索の方法がわからず、できない。あちこちをいじっているうちに、画面がフリーズしてしまう。最初の、ホーム画面に戻らなくちゃ。再起動しなくちゃ。 

次の瞬間、私はダンス教室にいた。薄い水色のシャツを着た、見知らぬ男性教師が近づいてきて、さぁ、始めましょうと声をかける。私は、教室内をぐるっと見渡し、私の先生を探してみる。先生はいない。

この組み合わせは、何かの間違えだと思った。この男性教師とレッスンをしていたら、私の先生が現れるんじゃないかしら。または、この男性教師の生徒が現れるんじゃないかしら。または、受付の女性が飛んできて、私の先生と男性教師の生徒が遅刻してしまいます!と伝えるんじゃないかしら。

もしそうでなかったとしたら、もしこの組み合わせが、間違えじゃなかったとしたら・・・この見知らぬ男性教師との、体の密着度の高いスタンダードのレッスンは、居心地悪くなりそうだし、何よりタイプじゃないから、長続きはしなさそう。

Friday, January 01, 2016

2015年12月31日の夢

(今朝起きて、一気に書いたもの、校正なしを、そのままアップしています)

私と妹は入院中。病棟が違う。私は6階。妹は4階。 

弟が私の面会にきていたが、お腹の調子が悪く、トイレまでたどり着く前に、パンツの中に脱糞してしまう。恥ずかしさと恐怖に震える弟。彼をバスタブに入れ、カラダを洗うように指示する。男性もののスウェット上下を用意する。 

その最中、母から電話がくる。妹の面会にきたが、彼女が部屋にいないらしく、病棟の入口のロックが開かないので開けてほしいと。私の病棟から妹の病棟まで移動するのに10分はかかる。まして今は、弟の「ダメージコントロール」中で、すぐに出かけることができない。

弟に確認し、ずいぶん落ち着いた様子だったので、妹の病棟へ向かう。 

母と合流。どうやら妹は外出許可が出て、友人の結婚式に出席するらしい。そのためのドレスや靴、アクセサリーの選択、ヘアセット、メイクなどを頼まれた。

ピーコック色のドレスをまとい、髪をアップにしてカラフルな羽根をつけ、シルバーのヒールをはいた妹。とても美しかった。

全てをアレンジしたのは私。よい仕事をしたという満足感を味わう。と同時に、美しく着飾る妹と対照的な、汗にまみれ、ポロポロの服で、ボサボサの髪で、ノーメイクで、みすぼらしい私にショックをうけた。

 私も入院中なのに。なんで私ばかり、使われてばかり。 

妹が結婚式に出席する当日、妹との会話中に私はキレてしまった。

(私 )なんで私ばかりやらなきゃいけないのよ
(妹) やりたくなければやらなければいいのに。やりたいからやってるのかと思った。頼んでないのに。 

無性に腹が立ち、あぁ、わかったよ。じゃあこうしてやる!と、用意したものをハサミで、目の前にある布をザクザクと切り刻んだ。

何するの、やめて! 妹は叫んでる。

人が集まってきた。私を悪者のように見る目の数々。

群衆の中に、妹のボーイフレンドを見つける。彼にドレスの入った紙袋を手渡し、妹に渡してほしいと伝える。 

集まった人多くのたちを後ろ目に、立ち去る。

振り返ると、ドレスの入った紙袋を受け取り喜んでいる妹の姿が見えた。安堵し、振り返ることもなく、歩いていく。