Monday, February 27, 2006

弟の帰京。

今日、弟は、長年住んだ土地を離れ、帰京する。
いろいろな思いがあると思う。
私もそうだったから分かること。

ひとつドアを閉じると、新しいドアが開く。
目の前の扉を閉めた瞬間には真っ暗闇だと感じるかもしれない。
でもそうではないこと、次のジェネレーションに伝えたい。

正しい選択なんてものはなくて、すべての選択は正しい。
踏み出した一歩には必ず新しい可能性が待ち受けている。
決断したその勇気は、必ず、報われる。

あの時、こうしたから、良かったなんて、ことはない。
その先は、また次の選択が待ってる。
いつも岐路に立たされる。
でもいつもそれを肯定して前に進む。

振り返ると、こうしたほうが良かったとか、
こうしたらこうなっていたかも、なんて思う日もある。
でも、どの選択をしても、その先には、必ず新たな選択があって、
行くべき道に続いてる。
そうやって、回り道をしながらでも、
かならず行き着きたい場所へたどりつける。

あきらめてもいいし、そうでなくてもいい。
与えられた人生だから、好きなように生きたらいい。
人との比較じゃないし、競争じゃない。
誰かに証明する必要もない。
What's so great about the youth?

まだ20代だったころ、20~30歳も年上の男性たちと付き合っていた。
同年代の男の子たちが知らないことを沢山知っている男性は
とても頼りがいがあるように思えたし、いつも甘やかしてくれて、
居心地が良かった。

あれから10数年がたち、今でも20歳~30歳年上の人たちと
食事くらいはする。
でも彼らに昔のような勢いははない。
昔感じた憧れやトキメキはもう感じられない。
ヨレヨレで使い古した雑巾みたいな姿。
情けないほどに正直に衰えを認める姿。
それを見るとなぜかとても愛しい思いが溢れてくる。

男の人は若い女の子が好きだ。
あるBFはそれは種の保存のためにプログラムされた感覚だと
言っていた。
はたして、女性はどうだろう?
最近の女性たちのトレンド、ホスト通いは、
まさに女性も若い男性が好きな証?

私は「アンティーク」な男性に惹かれる傾向がある。
若い男なんてつまらない、と今までずっと豪語してきた。
でも先日、若い男の子に会う機会があった。
24才、大手商社勤務2年目。
お父様のお仕事の関係で、人生の大半を海外で過ごしてきた彼。
出会った瞬間に何か心打たれるものがあった。

まっすぐで汚れない瞳。
くったくのない笑顔。
体脂肪率一けたの体。
清潔感漂うファッション。
気の利いたアクセサリー。
さらさらの髪。
さわやかな香り。

しかし、そんな外見的なことだけではないのだ。
話していくうちに、心打たれる瞬間は増えていく。
一生懸命なのだ、相手にわかってもらおうと。
相手を理解しようと。
その姿勢にクラクラときた。
果たして一体、最近いつ、こんなにも真剣に
私の話に耳を傾け、理解しようとしてくれた人がいただろう・・・。
問題の答えを探そうと躍起になってくれただろう・・・。

完全に24歳の男の子に釘付けになった。
その理由は後からついてくる、というか、つけようとする。
それが大人の、大人になった私の思考回路。
「若いのに経験もあってなかなか立派だな」なんてね。
でもやはり圧倒的な魅力はなにかといえば、その若さ。
若いからこそ躊躇しない。
若いからこそ計算しない。
直球。すべてがストレート。
本当に一挙一動が清くて美しい。
はは~ん、ああ、この子と一緒の時間を過ごすためなら、
素敵なレストランだって何だってセットするさ、
と思わせるわけだ。
この子の笑顔が見れるなら、無理してでも時計買おう、
車買おう、と思うわけだ。
ホストに入れ込む女性の心理を体感してしまった。

そういえば、私がいつもいくサロンのスタイリスト&カラーリストも同様だ。
彼らの笑顔が見たい、彼らともっと話しがしたいから、
いつもよりもランクアップなカラーリングを注文したり、
必要でもないトリートメントをつけたり、しちゃうんだ。
あぁ・・・・。

一緒に過ごした時間を思い出すだけでも心が温かくなる。
一日中、1週間中、幸せな気持ちで過ごせる。
離れていてもずっと想っていられる。
尽くしたい、喜んでほしい、笑ってほしい。
そんな気分にさせてくれる男たちを求めて
今日の女性たちはホスト通いに励むのかしら?

カラーリストが帰り際に私に言った。
「男は若くても年がいっていても同じですよ」
それも本当な気もする。
まだまだ私のSearching for Mr. Rightは続く。

Tuesday, February 21, 2006

DEPARTURE - DEDICATED TO MY BOB



Departureという曲を聞くと
2月か3月の寒いニューヨークの夜を思い出す。
外に出るとまず鼻の頭に冷たい空気が降りてきて、
次の瞬間にその冷気は体中をまわって、
骨の芯まで凍えてしまうようなそんな夜。
それは慣れ親しんだとても懐かしい景色で、
街の空気や匂いや音まで、鮮明に思い出すことができる。
最初ぼんやりとしていた景色は、次第に焦点があってきて、
ある特別なものへと形を変えていく。
よく目を凝らすとそこには、忘れられない彼の姿があり、
それはあの夜の事を思い出させる。

確か11時か12時だったと思う。
朝4時までの居酒屋でのバイトを、彼はその夜、早く切り上げたのだと思う。
いつものように、何の前兆もなく、突然電話をしてきて、
「下で待っている」と彼はいった。
パジャマを脱ぎ捨て化粧もせずに急いで4階から降りていくと、
彼はドアの外にいた。

当時私はイーストビレッジにあるにある学生寮で生活していたが、
そのビルのセキュリティーは、とにかく厳しかった。
「きっと凍死してしまうホームレスが出るだろう」と、
人々が話していたその夜の気温は氷点下だったにも関わらす、
彼はロビーに入ることも許されなかった。
湿気が多いNYの氷点下の夜の寒さは、骨までしみこむほどで、
それに耐え街頭の下で、私を待っていた彼。
降りてきた私に気づくと、彼はいつものように満面の笑顔を浮かべ、
そして私の背に軽く手を添えて少し歩き、
タクシーを拾うと私を乗せてから自分も滑り込んだ。

30丁目近辺の、アベニューは8thより西だったような気がするが、
そのエリアはあまり行かなかったのでよくは覚えていない。
ミッドタウンでは見たこともない古く色あせた茶色のビルディングの前で
タクシーは止まった。
エレベータで4階か5階へ上がると小さな受付のようなものがあり、
そこでサインインをして部屋の奥へと進む。
ビルの西端突き当たりに、テニスコートくらいの大きさのスペースが現れた。
入口付近に置いてある湿っぽい感じのモスグリーンのカウチに腰をおろして
周囲を見渡してはじめて、そこがスタジオだということが分かった。

幾つもの楽器が無造作においてあり、
西側の壁の一面全てを占めるガラス窓のすぐ手前には、
腰くらいの高さのパーカッションがおいてあった。
しばらくその湿っぽいカウチに2人で座っていたが、
Shineという曲が流れ始めると同時に彼は立ち上がり
そのパーカッションを叩き始めた。

私に背を向け窓際で、ハドソンに向かって一人で打つ。
途中の間奏でシャツを脱ぐ。
そして上半身裸になってまた打ちはじめる。
その美しい両腕と背中の筋肉の動きに目を奪われる。
背中をつたう汗。
パーカッションの音。
妖しい月明かりを浴びて更に輝きだす彼の後姿。

何時間がたったのだろう。
外はすっかり白くなり、夜は明けてしまっていた。
ヒーターが効きすぎているせいだろうか、頭がぼんやりしている。
それでなくても一晩中彼の勇姿を見せつけられてグッタリとしているというのに。
ここで流されるわけにはいかない、何か確かなものを探さなければ。
そう焦りながらもどんどんと意識は朦朧としてくる私に、
彼はゆっくりと近づいてくる。
そしてそれからの数時間、私は泣き叫びながら何度も何度も許しを乞うこととなった。

それはきっかけでしかなかったと今は思う。
誰かという特別な対象に対してというわけでもなく、
何についてという具体的な事柄についてでもなく、
生きているから故に犯してしまう罪の全てに対しての漠然とした懺悔だった。
そして全てが終わったとき、私の罪は全て許されたと感じた。

どうしてそのようなことになったのか、
またそれは意図的だったのかそれとも非意図的だったのかも今はわからない。
私も彼も駒の一つに過ぎず、何か大きなものに動かされ
全ては緻密な計算に基づいた計画どおりに事が運んだと考えると、
あまりにもそれは恐ろしく大きすぎる。(実際彼はそうだと言っていたが。)
そのほどんどが幻覚、幻聴、妄想で支えられている彼の言動に対して
以前は、信憑性、信頼性に欠けると思っていた。
何か強い薬のやりすぎで精神のバランスを崩してしまったのだろうと
同情さえすることもあった。
しかし今は、果たして私と彼のどちらが正しいのか、
またはどちらも間違っているのか、
いやそんな正しいとか間違っているとかいうものは
実際この世界には存在しないのではないかと、思うようにさえなった。
そのことだけを強く思うし、そしてそれだけでいいような気もする。

思い出すその景色の中には、彼のかすれた、弱い感じの声や、
屈託のない笑顔や、美しい身体、鼻の下や眉や乳首のピアスも、
スキンヘッドの後頭部に大きく彫られたネイティブ・インディアンのタトゥーも、
その特徴のある、蝶のように舞うように歩く姿も、
匂いも味も音も感触も、そのほかの全てがある。
そしてそれらを思うとき、自動的にあの夜のディテールへと私は誘導される。
あの深夜から翌朝にかけての時間の中で彼が私に残したもの。
その時は分からなかったこと、今は分かること。
彼はまるで金属のねじを強引に埋め込むかのように、
私の中に何かを植えつけた。
そしてそれは今も私の中にあって、今の私の思考もその影響を受けている。
彼が残したもの、それは私の人生に対する姿勢を変えるきっかけとなるような
とても重要なことのような気がするけど、そうでなかったのかも。
今は、あれで、そのままでいいと、思う。
あの日、私は何かからのDepartureをしたんだと思う。

I loved you and still love you, Bob.
And I thank you.
Hope you're alive somewhere in this world,
still searching for what you wanna find out, and
making other people see what they're missing.
Whine or wine?
Or both??

Again, it's me whining while wining.

It is sad that my boyfriend and I stopped talking to each other
two weeks ago since we got back from the snowboarding/Onsen trip together.

Seriously,
even during the trip, things were not going so well between us.
And when I recall all little things in the past few months,
things were never going well between us.
But, I am proud of our efforts.
Effots that we were trying really hard to make us work.

Now I got to see the simple fact:
You can't make yourselfe fall in love with someone you're not attracted to.
I now know that's the mistake we both made in the first place.
And as we are both human, that's OK to make that mistake.

We were so desparate.
We wanted to settle.
Settle with anyone who would come along next.
Then, we met each other through the internet.
We liked what we saw on our personal ads.
We thought we would be a good match.

We tried really hard to like each other.
We really did try.
But we failed.

That's not the way it goes.
It's too artificial.
That's not how love works.
As we both are over 30,
we should've known better.

Being in a relationship that we both don't want to be,
is not healthy.
We both are good people, and we both deserve better than this.
So, ending it, that's the best thing to do.

Hope he sees what I see.
And hope he also see that we'd better move forward without each other.
On separate lives.

Gotta whine more and wine more.

Monday, February 20, 2006

BORDERLINE - DEDICATED TO MY CHEF

==THEN==

ある夏の日の思い出。
脳内アドレナリンが出ているせいか、何だか胃がワサワサしていて
喉が締めつけられるようで食欲もあまりなかった。
せっかくの日曜日なのに困ったな、ゆっくりしたいのに。
「そうだダウナーの力を借りよう」と思いついた私は、
ビールを2ダース買い込んできて、まだ16時だというのに
狭いアパートの部屋で一人飲み始めた。
風通しの悪い部屋に座り嫌でも吸い込んでしまう熱気をはらうように
ビールを流し込むと、何故か切なく泣きたい気分になってしまった。
そして次の瞬間、
数年前のあのクイーンズのアパートの2階の西側角部屋に私はいた。

開け放した窓からは、1階のアイリッシュ・パブのクーラーから出る温風が
下を通る車の排気ガスと一緒になって入り込んできて、
それはまるで盆地に溜まる空気のようにそこに留まって出て行かない。
額や鼻の下、首筋、胸の下、膝の後ろに汗が溜まる。
じっとりと部屋も私の体も重く湿ってきて、
押しつぶされてしまいそうな錯覚に陥って苦しくなる。
何か冷たいもの、雪の結晶のような澄んだ尖った何かを、
肺いっぱいに吸い込みたい。
毛細血管に乗って染みこんでいくそれで、体内の熱を冷ましたいと思う。

その日もいつものように、コロナを飲んでいた。
BFは酔うといつもこう言っていた、
「ほんと、メキシコ人は賢いし、商売上手だよな。
例えば、コロナってさ、他のビールに比べて、かなり減りが速いと思わない?
まあ、美味しいからっていうのもあるけど、実際それだけじゃないくてさ。
コロナの瓶の底には、目に見えないくらいの小さな穴がいくつも開けてあるんだよ、
知ってた?
ゆっくり飲んで、ビール代、節約しようなんて思ってる連中に、
そうさせないためにね。
穴からは、どんどんビールが染み出ていくようになっていて、
かなりの量が、コースターに吸い込まれて消えてしまう。
結局、次から次へと、通常の倍くらいのペースで、
コロナの瓶を開けることになってしまうのは、そのせいだよ。
だから、こっち、消費者に出来る唯一の抵抗は、
詮を抜いたと同時にほとんどを飲み干すしかない。
コースターに飲ませるか、それとも自分が飲むか、なんてね。」

彼の話を半分冗談で、半分本気で聞きながら、私はゆっくりとラインを引いていた。
日中の気温が30度を超える真夏日、少し陽が傾き始めたばかりの頃に
スタートすると身体的にかなり楽だった。
それになんだか1日を無駄遣い出来たような贅沢感があって、
夕日がいつもより美しく見えたり、意味もなく涙がこぼれたりして、
そういうことによって罪悪感も軽減したりした。
これが夜の11時、12時からのスタートだとそうはいかない。
どうしても寝るのは翌朝の10時、11時になってしまって、
これが夏だったりすると暑くてとても寝ることなんてできない。
夕方まで何度も寝返りを打って、そのだるさは夜まで続いてしまう。

たまには自制心が働いて、
早朝4時とか5時に切り上げることが出来たりもすることもあった。
その時マンハッタンにいたとしたらそれはとてもラッキーなことだった。
まだ気温が上がる前、夜が白々と明ける頃にタクシーでクイーンズボロを渡る。
その時運賃の7ドル50をケチって1ドル50の地下鉄に乗ってしまうと、
その時間に切り上げた意味がない。
いつも通るローワーより、この時は遠回りでもアッパーのほうがいい。
視界をさえぎるものが何もないから。
タクシーの後部座席から振り返って見るマンハッタンの景色は、
まさに「劇的」という言葉がぴったりだった。
青白い空に浮かび上がるように聳え立つ高層ビルの群れ。
しっとりとしていて本当に綺麗だった。
これを見るためにニューヨークに来たのかもしれないと思わせるような、
そういう心を震わせる感動的な景色だった。

1本目のラインの後は、まず異物が混入してきた違和感を強く感じる。
その後それに対する肉体の無条件の反射がある。
喉が張り付いてしまって何も通らないように感じたり、
心拍数が上がって体中の血管が脈打っているように感じたり、
無意識に歯を強く食いしばってしまったり。
そうしないと内臓が全て口から出てしまいそうなくらい、
ザワザワと動いているように感じるからだ。
それが少し収まってきたころ、最初のラインから30分後くらいに、2本目。
その後は3本目、4本目とその間隔はどんどん短くなっていって、
心拍数に注意をはらって、まだいけるかなとか、もうちょっと待とうとか思いつつ、
やっぱり3分おきに次、次、となってしまって、最後には体中が痛い結果となる。

細く美しいラインでいうと7本目くらいに、
それまで普通に話していた隣に座っている悪友を急に押し倒したくなったり、
または押し倒してもらいたくなったりする瞬間がある。
でも私も悪友はそんなことは決してしない。
頭ではそれを望んではいないことを、ただ身体がそう反応するだけだと知っているから、
そういうことにはならない。
アルコールやその他のものではそうはいかないんじゃないかなと思う。
なし崩し的に流れていってしまうような気がする。
この圧倒的な違い、高揚感と冷静さが同居することを可能にするということ、
それが好きな理由の一つでもあった。
明らかな気分の高揚がそこにはあるが、それと同時に異常なほど冷静な部分が生まれる。
高揚感に没頭してしまうことを許さないという感じがとても好きだった。

===NOW===

自分のボーダーラインを知る、そこにボーダーラインがあるということを体感する、
ということは、その後の私の人生のいい経験になったと思ってる。
ぎりぎりのところへ行かなくては、いつかはエッジに上らなくては、
いつまでも自分や社会の枠組みの中でうだうだしてしまう。
できること、できないこと、枠を広げられる可能性があること、
それをするときにはリスクが伴うこと、そういうことを頭で知るのではなくて体感すること。
どんな方法でもそういう瞬間を味わえたことは、私とってはとても大事だったと思う。
DEDICATED TO MY FRIEND "S"

悪友S

その昔、私はよく飲んだし、飲んでもあまり酔わなかった。
ブランデー以外の茶色の酒はあまり得意ではなかったが、
だいたい何でも飲んだ。
私には、一つの種類の酒を一ヶ月から半年くらい好んで飲みつづけて
飽きた頃に違う種類に変えるという変なパターンがあって、
その当時は日本酒に凝っていた。

私はまだニューヨークに来て間もなくて、友人もあまりいなかった。
繁華街であるイーストビレッジのアパートで独り生活していると、
夜は必ず人恋しくなった。
そのあたりは、何処からともなく人が集まってきて、
いつも騒がしく活気に満ちていた。
特に夕暮れになると昼間はあまり見かけないタイプの人間が集まってきて、
その人波の中にいると安心した。
私の部屋はシンプルすぎて生活感がなく、
そんな部屋で独り窓の外を眺めていると、
彼らの世界からは一生隔離されてしまったような錯覚に陥ってしまう。
そんな夜は決まって歩いて30秒のところにある日本酒バーへと
足が向いてしまうのだった。

その店のマネージャーはゲイだったが、
私に対してはライバル視する必要もなかったようで
「妹」のように可愛がってくれた。
その面倒見のいい「姉」は利き酒の資格をもっていて、
いつも数種類の日本酒をまるでフランス料理のコースのように出しくれた。
私はその中に美しく組み立てられた起承転結の物語にいつも感動していた。
その店は、外国人が日本に持つイメージが所狭しとディスプレイされていて、
富士山や芸者の写真はもちろんのこと、凧とか駒とか簾や暖簾といったものが
あちこちに置いてあった。

客の8割は白人、あとの2割がチャイニーズまたはコリアン系で、
日本人はほとんどいなかった。
その客たちは「男山」や「酔水」などを好んで飲んでいた。
約80種類以上ある日本酒の中から1つをチョイスするのは至難の技ではあったが、
きっとそれが理由でその2種に人気があるというわけではないと思う。
名前の長さが短くて発音がしやすいからかもしれないと思ったが、それも違う気がする。

ニューヨークに住む日本人のほとんどは、その店のような雰囲気をあまり好まない。
そして西洋人が好んで入るような日本料理店は
(NOBUやボンドストリートなどの例外もあるが)大抵は不味いと思っているから行かない。
彼らは、アメリカ的な雰囲気のある場所に憧れていて、
しかし本格的な西洋の香りがする場所は苦手で、
アジア的な匂いがする場所は軽視していたりする。
そして憧れのアメリカ的な場所に疲れると、日本料理店や居酒屋などに行って、
ニューヨークライフをエンジョイしていますみたいなことを大声で言う。
隣の席の明らかに観光客と分かるような日本人グループに聞こえるように
わざと英単語を交えながら語る。
私は、「姉」の日本酒バーにニューヨーク在住の日本人が来ないのは、
そういうことを言っても優越感に浸れないからだと思っていた。

「姉」は客のオーダーを聞いてからグラスを決める。
漆器の升に並々と冷酒を注ぐこともあったし、ワンカップ大関のようなグラスで
熱燗を差し出すこともあった。
中国の皇帝が使ったような徳利とお猪口の時もあれば、
ベネチアングラスや江戸切子の時もあった。
私はそのチョイスをいつも「姉」に任せていた。
「姉」の選ぶ日本酒の流れ、その起承転結がなにより好きだったし、信頼していた。
その日は「古都の竹風」という京都の冷酒からはじまり、
背の高いシャンパングラスで各地の日本酒を冷酒で7、8杯飲んで
そろそろ帰ろうかというところへ、Sがやってきた。

Sは私同様、たくさんお酒を飲む。
しかし彼は私と違って茶色のお酒が好きだった。
ロックで浴びるように飲んでいた。
Sが話しかけてきた。すぐに店を出ればよかったのだが、
私を引き止めるその泣き出しそうな笑顔に負けてしまった。
結局更に数杯の冷酒を飲み、店を出たのは1時半くらいになってしまった。
Sと一緒に店を出てタクシーに乗り込む私に「姉」は何故か冷たかった。
そういえばSに対してはいつも冷たい。
Sにはゲイを苛立たせるオーラがあるのかもしれないと、私は思った。

Sのアパートは28丁目のフィフスにあった。
商社員でもなくマスコミ関係でもないただのフリーターのSが
どうしてそんな良いロケーションに住めるのかはいつも不思議だった。
手動のエレベーターのある古いビルディングだったが、
部屋の天井の高く、広いキッチンと大きな窓のある1DKだった。

Sはミッドタウンのピアノバーでバーテンダーをしていた。
時給10ドルくらいで1日8時間働いたとしても月に1600ドルくらいにしかならない。
それからすればマンハッタンのそんな場所に住めるわけはなかった。
いつだったか聞いたことがあった。
「なんでこんないい部屋に住めるの?」
「今の彼女のことが前の奥さんにばれてクイーンズの家を追い出された。
それでここへ、彼女の部屋へ転がり込んでそのまま。
彼女は旅行代理店に勤めているツアコンで、ア
メリカ国内のツアーに添乗することが多いけど、
ヨーロッパとかに行くと一週間も帰ってこないこともある。」
最初、彼女と聞いて年下の女性を想像したが、彼の話、雰囲気から
どうやら随分年上の女性のような気がしてきた。
Sは初めて会った時、自分は24歳で私より年下だと言った。
そして私のことを「おばさん」と呼んだ。
その後実は34歳だということが発覚してからもそう呼ぶことを止めなかった。

Sは5ミリ四方の小さな紙きれを差し出した。
何か文字のようなものが書いてあったが途中で切れていたので、
解読は不可能だった。
キッチンの壁時計に目をやると午前2時を少し過ぎたところだった。
手の平の上でその紙を持て余しどうすればいいのか分からず眺めていると、
しばらく噛んでから飲み込めばいいとSが言った。

Sが音楽を選ぶ。
普段私が聞かない種類のCDが並んでいる中からPrimal Screamを選んで、
「Rock」という曲をリピート演奏にした。
その曲のビデオはMTVか何かで見たことがあった。
私は歌詞のある曲や汗を感じさせる曲が苦手だった。
この曲はその両方を持っていてあまり得意ではないなずだったのに、
何故か妙に耳に残った。
その後しばらくしてもそれは頭の中で流れつづけて、
あまりにも気になったので、タイムズスクエアの巨大CDストアーでそのCDを買ったくらいだ。
その曲がリピート演奏されている。

目を閉じてはいなかった。
部屋の中は、ライトは消してあったが外の光が窓からは差し込んでいたから
真っ暗でもなかった。
室内のものはぼんやりと見ることが出来た。
キッチンにあるグラスや食器の数々、ベットカバーの柔らかそうな素材、
ガラステーブルの冷たそうな表面などがよく見えた。
しかし私はそれとは別の景色を見ていた。
目を開いているのに映像が見えるなんて!
眠っているわけではないのでそれは夢ではなかった。
何故見えるのか分からなかったが、とても興味深い映像が次々と流れていった。

その1つ1つは関連性があるようでなく、ふとした瞬間に切り替わる。
そのきっかけは音だったり、感触だったり、匂いだったり、
ほんの少しの変化だったのではないかと思う。
予測はできなかったし、見たい映像が見れるわけでもなかった。
ある時私は大理石の建造物の中を静かに歩いていた。
その映像は表面がショッキングピンクに染まっていた。
またある時私は大きな木の下に腰を下ろしていた。
私はシースルーに近い金糸で織られた柔らかい衣服を着ていて
頭の上から足の先までたくさんの装飾品を着けていた。
私の目の前にどこかの王族の王子のような格好をした男性が座っていて、
私と彼の周囲にはたくさんの着飾った女性たちがいた。
様々は設定で様々なストーリーの映像が現れては消えていった。
それらが突然途切れた時、ふと回りを見渡してみた。
キッチンの壁時計は11時を指していた。
あまりピンと来なかった。午後11時か午前11時か。
最後にそれを見た時、確か午前2時を少し過ぎていた。
あれからはきっと30分くらいしか経っていないはずだから、
翌朝の11時はありえない。
しかし時間が戻るはずもないから、
過ぎてしまった夜の11時を繰り返しているとは思えない。
時計が壊れたのかもしれない。

壁時計から視線を戻すと目の前にSがいた。
「時計壊れてるんじゃない?」
「え?壊れてないよ。そんなこといいから早く」
そのSの意味がわからずにしばらく呆然としていたが、
とりあえずSの部屋へ着いた時から今までのことを思い出してみる。
あの小さな紙のことを思い出す。
ああ、あれ飲み込んだんだっけ。
Primal Screamの曲がエンドレスで流れていた。
美しい映像の数々。
30分少々しか経っていないと感じていたその間に、
実は9時間もが過ぎていたと気づくのに数分かかった。
そしてその9時間の間に一体何が起きていたのかを知った瞬間、
私はSの部屋を飛び出した。

ビルの外に出ると、白昼の眩しすぎる光が突き刺さってくる。
ドラキュラは日の光に当たると灰になってしまうというが、
その感覚を味わったようだった。
体中が燃えてなくなくなってしまうようだった。
急いで日陰に入らなくては消えてしまう。
タクシーを止め滑り込む。
外よりはいくらかましだったが、それでも車内は眩しくて、私は身体を丸めた。
そしてそのままの姿勢で私をのせたタクシーはマンハッタンを南下していった。
体中が重く痛い。中でも特に腰の右下と顎の付け根が痛かった。

部屋に戻りとりあえず気分を落ち着かせようとバスタブにお湯を張った。
そのお湯の流れとその音。
底に溜まっていたお湯の輪が最初は小さかったのに
どんどん大きく広がっていく。湖のようにその水面は静かに揺れている。
窓が開いている。
その下には大きな木があって、その葉が擦れ合う音が聞こえる。
うるさい近所の騒音が何故かその日は聞こえない。
まるで雪の日のようにしーんとしていて、騒音はどこかに吸収されてしまったようだ。
普段は聞こえるはずのない向かいのカフェのコーヒーメーカーから出る
湯気の音とかドリップする音とか、ピザ屋のオーブンの中の
生地が膨れていく音とかが聞こえてきた。
それは今まで聞いた全てのどんな音楽よりも美しく心に響いて、
私は感動で泣いてしまった。
そしてその涙は止まることなく流れつづけた。

それからSも私も急に忙しくなり会うことはなかったが、
久しぶりに時間が出来たのでSのバイト先のバーで行ってみた。
バーカウンターの中のSは、営業トークに徹していてつまらなかった。
もう帰ろうと思っていた時、Sは目で「行け」という合図を送った。
それは今までも何度も送られた合図だったので、
私は静かに席を立ち女性用の化粧室へ向かいそこでSを待った。

数分遅れでやってきたSと私の間であの小さな紙とその夜のことについて
語られることはなかったが、その時2人の間には
脆くて強い絆が出来ていたことにお互い気づいた。
悪友っていうのはこうやって秘密を共有しあって信頼関係を築いていくものなんだろうなあ
と思ったら思いっきり笑ってしまった。
「笑うなよ、人が来るだろ」というSは見たこともないような真面目な顔をして
胸ポケットから銀紙を取り出し、シンクの上で広げようとしていた。
ああ、また秘密が増えちゃうなあと思いつつ、
私は悪友Sとのこれから始まる遊びに目を輝かせていた。
DEDICATED TO MY FIRST LOVE

To my first love,

It's been almost 5 years since you were gone.
And now I am finally able to think of you without crying.
I happen, sometimes, to recall the day we last sat down and talked.
Do you remember that day, too?

It was a bright sunny day in the summer of 1995,
as I came back from the U.S. for the summer break of three months.
I don’t really remember who asked whom, but we got together for lunch, anyway.

Was that the Italian we had?
We talked about what was happening in our lives at that time, didn't we?

And all of sudden you started talking about one of the weirdest dreams you had ever had.
That was definitely not a kind of thing you usually talked, and I was stunned.
“You know what? I don’t think dying is painful,” you said.
“I think I've had a near death experience, and I now know what it’d be like to be dying,”
you sounded so confident.
“Last night in my dream I've been very close to the gate of heaven.
It was like my body became transparent, got very light, and shining.
There was this bright light like sunshine ahead of me waiting to suck me into it.
As my non-weight clear body got almost completely absorbedinto that strong light,
I understood the whole thing. And I feared nothing!
I was perfectly OK with that situation even though I was physically suffering.
No matter how hard I tried, no air was coming into my lungs.
My heartbeat got slower and weaker. Yet like I said, I feared nothing.
At that moment I was completely ready to accept the fact that I was dying.
I was so calm. So that's it I guess. That's how it works.''

Before and after this story, we must have talked about other stuff, too.
But this one obviously struck me the most.
That's why I still remember it now vividly and clearly as if it had happened yesterday.

I often wonder if this was what happened to you in that car accident.
Was that what happened?
I wish you could tell me you hadn't suffered much and gone peacefully.

For every smiles and kisses you'd given me,
for every arguments we'd had,
for every songs we'd sung together,
for every letters we'd exchanged,
for every joy and pain we shared,
for good and bad things we'd taught each other, and
for all other things we'd been through together, I'm so thankful.

All those memories of you I have in mind, I will take to my grave.
I miss you so much and hope to see you soon.

Thursday, February 16, 2006

Failure - We're not perfect

My dreaest person told me that his computer got crashed on him!
I know how frustrated, disappointed, and angry he could've been now.
I've experienced things like that before.
But only with my work documents stored all up in a computer.
I can't imagine the feelings he must have felt,
when it died on him when he got all his work/personal stuff
saved in his computer.

We're so depending on our computer, and
I know we think, when it died on us, it's the end of the world.
We so belive that our computer is our best friend, and
because we love it so much, personally attached to it,
it would be so hard to forgive it for failing on us.
We ended up feeling so betrayed, and
we feel like we can't really trust it again the way we used to.
That sounds weird, but doesn't that sound familiar?
We feel exactly the same towards the one we feel love to, right?

I love my computer, and I think HE knows it.
HE's been really good to me because our relationship is just about 8 months or so.
I met HIM in the summer of 2005, and I instantly fell in love with HIM.
I couldn't stop thinking about HIM, I had to touch HIM every chance I got, and
finally I had to have HIM.
Love at a first sight, deep connection, and strong force to keep us together,
blah, blah, blah...

This evening, I was watching the very last episode of the Sex and The City DVD.
The main character Carrie said something to her Russian artist
when she had been abondoned and left alone in Paris for weeks.
What she said made me open up my eyes and made me look at my life now.
She said, "Maybe it's time to think who I am.
I am someone who is looking for love, real love, ridiculous, inconvenient,
consuming, 'can't live each other' love.
And I don't think that love is here, in this expensive suite,
in this lovely hotel in Paris. It's not your fault; it's my fault.
I shouldn't have come here."

That's exactly what I feel.
I can't become something that I am not.
I shouldn't try to become something that I am not.
I can't deny and I shouldn't feel sorry about me having two cultures in me.
I can't pretend that I am NOT a little Japanese girl who would be satisfied
and even happy about being a supporting actress in my love's life.
Am I too greedy?

Tuesday, February 14, 2006

===ENGLISH VERSION===

I got mail from one of my junior high school friend,
saying that one of our pals has become a parent!
I have 8 pals from my old school, and only me is single, still.
They started getting married and having child around the age of 30,
and that was when, they started "lecturing" me about
how big failure I was not to be able to produce offsprings.

They used to be my pals.
We used to hand around until early morning just to get high!
Why and why the river between us gets so deep.
How come did we come so far away from each other?

At work, mommy colleagues are making excuses
not to be able to c0me to work on time because of their children
getting sickor their nannies being absent.
They come late and leave early.
And that's so acceptable.

I have some days, too, that I have a hard time coming to work on time.
Don't they care if I got dumped from my fiancé,
and I was heart-broken?

A week ago, I had a first fight with my new boyfriend, and
from his own mouth, that familiar "lecture" was coming out.
So many people have judged me of my life style, life choices,
and even the way I am.

I am too confident, sometimes, and I'm even too stubborn.
I know that.
But a friend after another saying that something's wrong with me
and that keeps me preventing me from getting settled is really hurting me.

What I want is someone as confident as I am and even as stubborn as I am
comes into my life saying, "You're OK as the way you are".
And with that someone, I wanna spend the rest of my life with,
loving each othercaring for one another.
Am I asking too much?
Am I a daydreamer?

After the first fight, my boyfriend left me with saying
that he was sorry.
He was sorry that he yelled at me and cursed me like
he never had done before.
When I heard him saying those words,
I was shivering in my bed.
I didn't know why.
It could be my leftover angry,
or it could be our leftover fight,
or just it was too cold out that morning,
or I was not at all happy about getting up at 5 o'clock.

Now I think that because I couldn't digest a lot of feelings and thoughts,
I was mentally, spiritually, and physically shivering.

That night of the fight, we ordered a pizza, instead of dining out.
I was trying so hard not to let my denied anger running under my skin come out.

I had no appetite, but I tried to swallow a piece of pizza
with dosen of beers.
And next morning, I woke up with a minor hangover
and a little bit of shivering, still.
Am I a failure?

中学校の友達からメールがきた。
またもや一人、友達がパパになるそうだ。
周囲は瞬く間に、パパやママになり、 いつの日からか彼らは 、
いつまでもぐずぐず独身でいる私に説教をするようになった。
かつては朝まで飲み明かした友達だったはずなのに、
どうしてこうも違う道を歩むようになってしまったのか・・・。
あれだけ仲良かった同級生たちは、
結婚・子育てを機に縁遠くなってしまった。

職場ではママたちが子育てをエクスキューズに
遅刻&早退を繰り返している。
独身の私は、やっと婚約したと思ったら、
解消され、別れ際に「だからお前は一生・・・」みたいな刷り込みをされた。

そして先日、付き合っている彼氏とのFirst Fightで
同様の台詞を聞いた・・・。
いくら高飛車で生意気で自信満々な私でも、
立て続くマジョリティーの意見には押されに押され、
自分とはなんぞやっていうのを見失いそうになっている。

本当は、できれば、
「おまえはその生意気で高飛車で自信満々のままでOKだ」
といってくれる人がいてほしい。
張ったりとかじゃなくて、その彼には、私よりずっとずっと
生意気で高飛車で自信満々な男の人であってほしい。
そんな彼と愛し愛され生きていきたい。
夢の話かな?

ケンカの翌朝、彼は「昨日は怒鳴ってごめんね」と言いながら帰っていった。
その言葉をベッドの中で聴きながら、私は震えてた。
まだ消えない怒りからかもしれないし、
昨夜の喧嘩の不完全燃焼からかもしれないし、
早朝の寒さからかもしれないし、
ただ早起きが苦手だっただけかも・・・。
消化できない理由から、
でもフィジカリーにもメンタリーにもそしてスピリチュアリーにも
震えている私がいた。

あの夜、私たちは喧嘩の後、私外食することをやめて、
デリバリーでピザをとった。
明るく振舞いながら私は、押し殺した感情が皮膚の下を這い回っている
気持ち悪さに耐えた。
アドレナリンが出すぎて、食欲はなく、ただひたすらビールを飲んだ。
そして、アルコールの力をかりて、熟睡した。
今朝は軽い二日酔いと妙な体の震えが残った・・・。

Monday, February 13, 2006

My favorite places in NYC are:















---Chez es Saada
42 E. First Ave
(bet. 1 st and 2nd street)
Tel: 212-777-5617

COMMENTS:
You just have to take a look at the beautifully decorated space!
It's so romantic and the kind of place I wanna go with my beautiful company.
There's no sign at the entrance, so look out for the well-built security guy!

---Bond St.
6 Bond St. New York , NY 10012 Tel: 212-777-2500

COMMENTS:
Bar downstairs are no-booking-necesary space,
where a lot of cute girls and boys are working as hosts and hostesses.
Ask for Hiroshi san, Cheif chef at the restaurant.

---Water's Edge
44th Dr. at East River,
Queens718-482-0033

COMMENTS:
Another "River Cafe" in Queens!
You get to see the whole Manhattan from there!
Better view from River Cafe, in my opinion...

---One if by Land, Two if by Sea
17 Barrow St, New York 10014Bet 7th Ave S & W 4th St
Tel: 212-255-8649

COMMENTS:
West Villagers' at home restaurant.
No booking is necessary for the bar-use.
I drank at the bar four times, and when I asked the check,
there was no check!
I got free drinks all the time, and I don't know why!!
Waiters (men and women) were so cool and
they just winked at me and sent me a blank check!
Very cute (and stylish), huh?

---Bar @ Peninshula
700 5th Ave (@ 55th st)

COMMENTS:
Bar is on the 21st floor, if I remember right.
You take the elevator to the 20th floor, and
take the stairs to go up to the 21st floor,
where the bar is secretly located.
Bar counter and tables are for 20 people at max, but
you get to be able to go outside and see the 5th ave and all.

---Rainbow Room
@ GE building (Rockefeller Center)

COMMENTS:
Now we're talking about romance!
This is one of my favorite places in NYC!
Ladies and gentlemen in formal dresses are dancing in the floor,
live band is playing musics we wanna dance, and
at almost every table, "Will you marry me?" is happening!
I love this place!

Sunday, February 12, 2006

相撲の世界は女人禁制だとということで、時折物議をかもし出します。しかし実際に目の前に土俵を見たり、それを支えるスタッフや新人力士たちを見ていると、 相撲という国技を長年守ってきた男性たちの只ならぬプライドが感じられ、そういうものは、男女平等などという昨今のトレンドで、 奪ってはいけないんじゃないかな、と思ってしまいました。

女性しかできないこともあるのと同様に、 男性しかできないことがあってもいいような気がします。

長年続いてきた物事にはそれを裏付ける意味や理由があるように思います。 継承の歴史の中で、事柄だけが伝わり続け、 本来一緒に伝えられるべきWHYの部分が欠落してしまっただけなのでは?
今となっては先祖たちに問いただすことはできないけれど、 その部分なくして、ただ何となく、長年続けることはできなかったのでは?

Saturday, February 11, 2006

NHK福祉大相撲@国技館
(写真:青龍の綱締め実演














母と一緒に国技館へ行ってきました。
初めての相撲観戦、初めての桝席。

国技館というのは8角形なんですね。
そのせいか、とても神聖な空間という 印象を受けました。

館内にはとても良い香りが漂っていました。
力士のまげを結うための「すき油」の香り?

朝青龍の綱締めの実演や、 本番さながらの幕内取り組みや、
子供たちと大関たちとの取り組み、 歌手&力士がペアになって歌くらべなど、
内容盛りだくさんの楽しいイベントでした。

Thursday, February 09, 2006

My life is, realy, f**ked up

My current boyfriend keeps telling me that
I should be more "young-looking" (and I don't know how....)
And he keeps me telling that he wants to be with someone "young-looking".
Isn't that unhealthy?

I've been trying so hard to convince him that
I can't become something that I am not, but
he keeps telling and telling, that, I am not good enough.
And I'm tired of trying.

Then I've re-united with my ex, who used to say that
I was the most talented and interesting person he had ever been with,
and he encouraged me to become whatever I wanted to become.
And I've realized that I shouldn't have put up with such a bullshit
that my boyfriend has been putting on me.

I am gonna try hard to become who I wanna become.
Not the one that other people want me to become.
I can't become into something that I am not.

I am beautiful the way I am.
It took me years and years to have come to see this simple fact.

Thursday, February 02, 2006

Am I officially a cold person?

My sister once told me, when we were in a junior high school,
"you share your candies with me and others
because you think you look good by doing that.
You never share them, without expecting anytying in return!
Not even once!
You've never shared them just because you want to share them."

Those words, coming from my own sister's mouth, really hurt me.
But I gotta admit that it really is true about me.

It is true that when I do things, there are reasons behind them.
When I do nice things to you or others, there are some reasons why
I should be doing such things.
In that moment, there's always another "me" getting out of my body,
floating in the air, watching from the ceiling, saying, "Way to go!"

Do you think I'm such a cruel person?
Have any of you ever felt this way before?
Dilemma

私の毎日の仕事は一見何も生み出さないように、
周囲にも見えるし、私にも見えます。
私の仕事は、例えると、大きな駅伝リレー選手のようなものですから、
私の走る区間に、リレーのゴールはありませんし、
活躍したかどうかもレースが終わらないと分かりません。
そして、そのレースは、私のサービスする機関というか体制というか、
それが続く限り、延々と終わることなく続いていきますから、
私が生きている間にはそれを実感することはできないでしょう。
だから時に、ゴールの見えないレースに疲れてしまい、
走ることに疑問を抱いたりしてしまうこともあるんですが、
そんなときは、周囲の景色だけじゃなく、もっと大きな景色、
コース全体とか、それを応援しているサポーターとか、
もっと大きな意味、リレー自体をする意味、必要性などなどに
目を向けるようにしています。
私のお給料は某国民の血税からいただいていますので、
それに恥じないお仕事をするように心がけています。