Tuesday, February 21, 2006

DEPARTURE - DEDICATED TO MY BOB



Departureという曲を聞くと
2月か3月の寒いニューヨークの夜を思い出す。
外に出るとまず鼻の頭に冷たい空気が降りてきて、
次の瞬間にその冷気は体中をまわって、
骨の芯まで凍えてしまうようなそんな夜。
それは慣れ親しんだとても懐かしい景色で、
街の空気や匂いや音まで、鮮明に思い出すことができる。
最初ぼんやりとしていた景色は、次第に焦点があってきて、
ある特別なものへと形を変えていく。
よく目を凝らすとそこには、忘れられない彼の姿があり、
それはあの夜の事を思い出させる。

確か11時か12時だったと思う。
朝4時までの居酒屋でのバイトを、彼はその夜、早く切り上げたのだと思う。
いつものように、何の前兆もなく、突然電話をしてきて、
「下で待っている」と彼はいった。
パジャマを脱ぎ捨て化粧もせずに急いで4階から降りていくと、
彼はドアの外にいた。

当時私はイーストビレッジにあるにある学生寮で生活していたが、
そのビルのセキュリティーは、とにかく厳しかった。
「きっと凍死してしまうホームレスが出るだろう」と、
人々が話していたその夜の気温は氷点下だったにも関わらす、
彼はロビーに入ることも許されなかった。
湿気が多いNYの氷点下の夜の寒さは、骨までしみこむほどで、
それに耐え街頭の下で、私を待っていた彼。
降りてきた私に気づくと、彼はいつものように満面の笑顔を浮かべ、
そして私の背に軽く手を添えて少し歩き、
タクシーを拾うと私を乗せてから自分も滑り込んだ。

30丁目近辺の、アベニューは8thより西だったような気がするが、
そのエリアはあまり行かなかったのでよくは覚えていない。
ミッドタウンでは見たこともない古く色あせた茶色のビルディングの前で
タクシーは止まった。
エレベータで4階か5階へ上がると小さな受付のようなものがあり、
そこでサインインをして部屋の奥へと進む。
ビルの西端突き当たりに、テニスコートくらいの大きさのスペースが現れた。
入口付近に置いてある湿っぽい感じのモスグリーンのカウチに腰をおろして
周囲を見渡してはじめて、そこがスタジオだということが分かった。

幾つもの楽器が無造作においてあり、
西側の壁の一面全てを占めるガラス窓のすぐ手前には、
腰くらいの高さのパーカッションがおいてあった。
しばらくその湿っぽいカウチに2人で座っていたが、
Shineという曲が流れ始めると同時に彼は立ち上がり
そのパーカッションを叩き始めた。

私に背を向け窓際で、ハドソンに向かって一人で打つ。
途中の間奏でシャツを脱ぐ。
そして上半身裸になってまた打ちはじめる。
その美しい両腕と背中の筋肉の動きに目を奪われる。
背中をつたう汗。
パーカッションの音。
妖しい月明かりを浴びて更に輝きだす彼の後姿。

何時間がたったのだろう。
外はすっかり白くなり、夜は明けてしまっていた。
ヒーターが効きすぎているせいだろうか、頭がぼんやりしている。
それでなくても一晩中彼の勇姿を見せつけられてグッタリとしているというのに。
ここで流されるわけにはいかない、何か確かなものを探さなければ。
そう焦りながらもどんどんと意識は朦朧としてくる私に、
彼はゆっくりと近づいてくる。
そしてそれからの数時間、私は泣き叫びながら何度も何度も許しを乞うこととなった。

それはきっかけでしかなかったと今は思う。
誰かという特別な対象に対してというわけでもなく、
何についてという具体的な事柄についてでもなく、
生きているから故に犯してしまう罪の全てに対しての漠然とした懺悔だった。
そして全てが終わったとき、私の罪は全て許されたと感じた。

どうしてそのようなことになったのか、
またそれは意図的だったのかそれとも非意図的だったのかも今はわからない。
私も彼も駒の一つに過ぎず、何か大きなものに動かされ
全ては緻密な計算に基づいた計画どおりに事が運んだと考えると、
あまりにもそれは恐ろしく大きすぎる。(実際彼はそうだと言っていたが。)
そのほどんどが幻覚、幻聴、妄想で支えられている彼の言動に対して
以前は、信憑性、信頼性に欠けると思っていた。
何か強い薬のやりすぎで精神のバランスを崩してしまったのだろうと
同情さえすることもあった。
しかし今は、果たして私と彼のどちらが正しいのか、
またはどちらも間違っているのか、
いやそんな正しいとか間違っているとかいうものは
実際この世界には存在しないのではないかと、思うようにさえなった。
そのことだけを強く思うし、そしてそれだけでいいような気もする。

思い出すその景色の中には、彼のかすれた、弱い感じの声や、
屈託のない笑顔や、美しい身体、鼻の下や眉や乳首のピアスも、
スキンヘッドの後頭部に大きく彫られたネイティブ・インディアンのタトゥーも、
その特徴のある、蝶のように舞うように歩く姿も、
匂いも味も音も感触も、そのほかの全てがある。
そしてそれらを思うとき、自動的にあの夜のディテールへと私は誘導される。
あの深夜から翌朝にかけての時間の中で彼が私に残したもの。
その時は分からなかったこと、今は分かること。
彼はまるで金属のねじを強引に埋め込むかのように、
私の中に何かを植えつけた。
そしてそれは今も私の中にあって、今の私の思考もその影響を受けている。
彼が残したもの、それは私の人生に対する姿勢を変えるきっかけとなるような
とても重要なことのような気がするけど、そうでなかったのかも。
今は、あれで、そのままでいいと、思う。
あの日、私は何かからのDepartureをしたんだと思う。

I loved you and still love you, Bob.
And I thank you.
Hope you're alive somewhere in this world,
still searching for what you wanna find out, and
making other people see what they're missing.

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