Tuesday, July 15, 2008

合鍵

家の電話が鳴る音で目が覚めた。時計をみると23時半。 枕の下に忍ばせてある携帯電話の着信履歴を確認すると、彼からの電話が数件。 と同時に携帯電話が鳴った。 

「今から行ってもいい?」と彼。 普段なら迷わずオッケーなのに、一瞬のためらい。 明日からの一週間、スケジュールがタイトなんだよなぁ・・・朝、絶対にバタバタするよなぁ・・・面接とかあるし、遅刻はできないよなぁ・・・朝ダラも無理だよなぁ・・・「ダメ? 迷惑?」と言ういう彼に、「迷惑じゃないけど・・・」と私。 私のためらいが彼に伝わってしまった。 

「じゃ、いいや。 会いたくないみたいだから。」 そういうと彼は電話の向こうで、「運転手さん、渋谷に向かってください」と言った。 「会いたくないとかじゃないけど・・・」 私が口ごもっていると、明らかに苛立ちの滲んだ声で彼は、「じゃ、まあそういうことで。 遅くにごめんね。」と電話を切った。 

そういうんじゃないのに・・・会いたいのに・・・ただ一瞬迷っただけなのに・・・「迷惑じゃないし、いつも大丈夫だし。 考えなおして今こっちに向かっているといいけど。 待ってるね。」急いでそうメールを打つとすぐに返信が届いた。 「夜遅くにごめんね。 (旅行で)疲れてるもんね。 ゆっくり休んでね。 おやすみ。」 

あぁ、胸が痛い。 おかしくなってしまった流れを変えようと、何度か「会いたい」とメールを送ったけど、彼からの返事がない。 胸がきゅーんとしめつけられる。 吐き気がしてきた。 「なーんて冗談。 今から行くね。」というメールを今か今かと待つ私。 でもいっこうにそんなメールは届きそうにない。 胃がキリキリする。 お腹まで痛くなってきた。 

15分後、やっと届いた返信は、「渋谷の寿司屋で一人で飲んでます。 また今度行くね。 おやすみ。」 もー! もー! もー! もー!  屠殺場に送られる牛みたいに、悲痛な声で泣きながら、ベッドの中でジタバタする私。 

どうにかしなくちゃ。 このまま朝になってしまうのはイヤ。 仕事と恋愛を天秤にかけたことなんて今まで一度もないし、もし天秤にかけたとしても、仕事のほうが恋愛よりも重いなんてこと、私に限って絶対にないし。 オフィスに私の代わりになる人はたくさんいるけど、私には彼しかいないんだもの。 私はエイヤっと心を決めた。 よし、私が会いに行こう。

洗ったばかりの髪の毛を乾かし、歯を磨いていたら、彼から電話。「え? ホントにくるの?」という彼に、「うん、行くよ。 もしかして来てほしくないの? 女の子と一緒だから? 会いたくないの? イヤなの?」 と今度は私が質問攻め。 私があまりにもしつこく、「ホントはひとりじゃないんだ? 女の子と一緒なんだ?」と言うので、彼は板前さんに電話を渡した。 「大丈夫ですよ。 おひとりですよ。」 見ず知らずの板前さんにそうなだめられて、なぜかその言葉を信じちゃったりして、私って単純。 少しだけ安心した声の私に彼は、「じゃ、今からいくよ」と言った。

いつもは一緒に家を出るのに、今朝は彼を残して部屋を出た。 鍵を渡さなければ家から出られなくてずっと部屋の中にいてくれるかしら? 家に帰ったら、今朝見たままの状態で、ベッドにいるのかしら? 一瞬巡ったそんな想いをシャシャっと振り払い、テーブルに合鍵を静かに置いた。 

合鍵を渡すってことは、私にとっては(誰にとっても?)かなり大きな決断。 だって、他の男の子を家に連れ込むことは絶対にありえないっていう決意だし、朝昼晩の区別なく、いつでも来ていいよっていう24/7の招待状だし。 これで彼は、私が爆睡している夜も、何百回も電話で起こす努力をすることなく、部屋に入れるのね。 私にとってはものすごく大きなステップだったんだけど、もしかしたら彼はそんなことはちっとも分かってなくて、次回会った時にサラっと、「鍵ありがとう。 返すね。」なんて言ったりして・・・。 

合鍵、いつまでもずっと持っていてね。

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