Sunday, April 06, 2008

Casita IV

ファッションショーのランウェイを歩くような感じで、私たちはメインダイニングをくぐりぬけた。 通路の両脇のテーブルでは、それぞれのドラマを演じている人たちが、私たちにチラっと視線を送る。 それはまるでカメラのフラッシュをあちこちでたかれたような感覚で、私たちはその興奮を味わいながら、メインダイニングを後にした。

エレベーターに乗り、案内された地下の奥には茶色の大きなドアがあった。 看板はどこにもなく、ドアに取っ手はなく、たぶん初めて訪れたらそこに辿りつくことは出来ないだろうということが瞬時にわかった。

空間の一番奥のソファーに通された瞬間、目に入ったのはテーブルの上で待っていたキレイな花束。 あら、これ、あなたから? と聞く前に彼の驚いた表情を見て分かった。 いえ、これはお店からね。 黒人のウェイターが何にしますかとぎこちない日本語で尋ね、彼はビールを、私は相変わらず、どんだけ飲むんだよと彼が言う前にシャンパンを注文した。 オーダーしたドリンクと共に、黒人のウエイターはポラロイドを持って登場。 せっかく髪の毛をキレイにセットしたし、記念写真をとってもらうのは当然でしょ。 写真撮影となると、つい営業笑いをしてしまう私だけど、シャンパンの酔いですっかりそういう攻撃モードにならなくて、素のままの顔でポーズした。 写真の中の私は、ありあえないくらい純粋な表情で笑ってる。

グラスでシャンパンをどれくらい飲んだんだろう。 ボトルでオーダーしたほうが安上がりだったんじゃないかなと思うくらい飲んだところで、トイレに行くために席を立った。 先にトイレの場所を確認していた彼が言った。 「そこの先、トイレの入口は本棚になっているから、秘密のボタンを押して入るんだよ」 その頃にはシャンパン、シャブリ、またシャンパンで、新橋のオヤジみたいに千鳥足になっていた私は、メリーさんの羊を頭の中で歌いながらトイレまでの短い通路を歩いた。 SATCのキャリーがランウェイでこけたみたいなことになりませんように、と心の中で唱えながら。

トイレから戻ると、ローテーブルに小さな箱が置いてある。 あら何これ? という私に、彼はハッピーバースデーと言って笑った。 箱を開けると、ピンクゴールドとダイヤのピアス。 ああ、携帯ストラップだけじゃなくて? もうそんなにいいのに。 これで十分なのに。 ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう。 私の耳には左右合計6個のピアスホールがあるから、空いている場所に入れればいいのに、どうしてもトクベツな感じにしたくて、今までしていたパールのピアスを外して、そこに新しいピアスを入れた。 どう? 似合ってる? と聞くと、俺のセンスっていいよな、と彼。 キレイだよって言ってもらえなかったことがちょっと悔しくて、え? それもそうだけど、私が着けてるからキレイに見えるのよ、とちょっと高飛車なことを私は言った。
 
その後のことは、実はぼんやりとしか覚えていない。 たぶん彼にいろいろな話をしたんだと思う。 たぶんきっと言ってはいけないようなことも話してしまったような気がする。 シャンパンを飲むとどうしても告白してしまう。 だから親密な人としか飲めない、飲みたくない。 もしかしたら彼は、私のBFよりも、ずっとずっと私の過去について知っている。 今までの告白の数々、そのたくさんのピースを継ぎ合わせて、私が私である所以を知っている。

案の定、デザートにはほとんど手をつけられなくて、「女の子はデザートが大好きで、残したりしないんだよ、ちょっとは食べてよ」と言う彼の気分を損ねない程度に、シャンパンにはいちごが合うよね、なんて言いながら、果物嫌いな私がいちごを数個口に運んだ。 それがどんなに奇跡的なことなのか、彼にはわからなかったと思う。 食べず嫌いは良くないという彼のいうことを、私はいつも真に受けて、嫌いなものも頑張って食べる。 あなたが食べろって言ったから頑張って食べたのよ、ねえ、褒めてよって心の中で思いながら。

気がつくと彼がチェックを終えていた。 フラフラする体をなんとかコントロールしながら席を立ち、お店のスタッフが同行してくれる絶対的な安心感に甘えながら、私たちは地上に出た。 地下からエスコートしてくれていたスタッフは外で待機しているスタッフに私たちを託し、外のスタッフは道の真ん中まで出て私たちのためにタクシーを止めてくれた。 いつものように私が先に乗り込む、スカートのすそがはだけてしまわないように、気をつけながら。 私の夜の記憶はいつもそこまで。 その後は彼に任せて、家までの短いライドは安心して爆睡。 たぶんきっと無事に家に辿りついたはず。


The end.



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