Sunday, April 06, 2008

Casita III

高橋社長が私たちのテーブルに登場した瞬間、彼はまるで少女のように椅子から飛び上がり、どんなに彼に憧れていたかを伝え始めた。 私も席を立ったほうがいいのかしら? ここで感動して一緒に飛び上がったほうがいいのかしら? そう思いながら私は冷静に、とりあえず席をたち、カバンの中をごそごそと名刺を探り、高橋社長が私に視線を移す瞬間を待った。 私はミーハーだけど、人に憧れるという感情はない。 それはもしかしたら寂しいことなのかもしれないけど、だから私が大成しないのかもしれないけど。 でも彼が恋焦がれている人に敬意を払うことが大人としてのマナーだということはわかっているから、お会いできて光栄です という表情を作り、彼と名刺交換をした。 高橋社長は、日本人だというのに、悔しくなるくらい格好よかった。 色黒で、シャツのボタンを思いっきりあけていて、東南アジアに旅行する中近東の大富豪みたいな甘い香りをつけていた。 そして自分をプレゼンする術をよくわかっている人がそうするように、私たちに語りかけながら、私たちではないもっと大きな群集に語りかけるように、遠い目をしながら、今日はカシータに来てくれてありがとう みたいなことを言った。 その圧倒的な存在感のために、彼が言った言葉は覚えていない。 稀にみるオーラのある人だった。 高橋社長と一緒に旅行をしたら面白いことがたくさんあるんだろうなと、生意気な想像をしている私がいた。

高橋社長が去っていった後、彼はようやく私に意識を戻し、ああ今日は私の誕生日のためにここへ来たんだと思い出したような顔をした。 そしてカバンから小さな包みを取り出し、ハッピーバースデーと言った。 リボンをほどき、包みの中から出てきたのは、メッセージが刻印されてある白い携帯ストラップ。 「これ、おそろいなんだよ」 と言いながら、彼は自分の携帯をテーブルの上に出した。 赤い携帯についている赤いストラップを眺めながら、あ、ほんどだ、同じだね、と私は涙ぐむ。 こういう、小さなことが嬉しい。 このストラップを見るたびに、彼を思い出すだろう。 そういう、高校生みたいな、「つながってる」感じが、私は好き。 

普段はお肉をほとんど食べない私だけど、「このお肉美味しいよ。 それにこのソース、すごいよ」という彼の話術に乗せられて、細かく刻んでくれたお肉に手を伸ばす。 「口まで運んだりはしないよ」という彼を見つめながら、いやきっと口まで運んでよって言ったらしてくれるだろうなと内心ニンマリしていたら、そのお肉はあっという間に口の中で溶けて消えてしまった。 

その頃、私たちは白ワインを飲んでいた。 シャブリはいつも裏切らない。 美味しいレストランも、美味しくないレストランも、今まで散々こなしてきた私がたどり着いた定説。 それは、白はシャブリ、赤はメルロー。 お料理を殺さず、引き立てる素晴らしいワインはそのふたつ。 

食事が終わり、そろそろデザートというときになって、スタッフが声をかける。 もしよろしかったらデザートは別室でいかがでしょうか? 女の子にとってデザートはメイン同様大切なディッシュ。でも、私みたいな大酒飲みにとっては、甘いものはお酒だけでいい。 デザートと聞いても心が動かない私だったが、別室という言葉が彷彿させるもの、それが好奇心に火をつけた。 ええ、行きましょう。 

To be continued...

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