Monday, March 10, 2008

あの早春の思い出

(写真は今日の職場近くのウメ)

あれは春まだ早い頃、良く晴れた朝だった。 ピリッとした空気の中、駅までのまっすぐな道を、私たちは並んで歩いた。 

前の晩は、あれだけたくさんのお酒を(混ぜて)飲んだのに、その朝は二日酔いが全くなかった。 ただほんの少しの倦怠感が残り、「よく飲んだなぁ」 と実感、それがとても心地良かった。

駅に着き、ホームで(急行)電車を待つ間、私たちはなぜか妙にぎこちなくて、ちっとも会話が弾まなかった。 「別に初めての朝ってわけじゃないのに」 そう思ったすぐ後に、「あ、そっか、一緒に帰るのは初めてだった」 と気づいた。 いつもは必ず私が先に帰る。 それもいつも慌ただしく、逃げるようにして。

「キリンビールのキリンのマークの中にキリンって文字が入ってるって知ってる?」 AB型らしく突拍子もない質問を彼がした。 「知らない。 どこ?  漢字? それとも、ひらがな? カタカナ? それは並んでるの? それともバラバラ?」  私が立て続けに質問すると、彼はちょっと困ったような顔して笑った。 「そんなの昔に流行ったじゃんって流すかと思ったのに」


「いや、流行ってないでしょ」 「いやいや、流行っったよ」 しばらく戯れながら言い合った後で彼は、『男梅のど飴』 という可笑しなネーミングのキャンディーをくれた。 「昨日あなたを待ってる間に買ったんだ」 そういえば待ち合わせにはいつも私が遅れてしまう。

同じ(急行)電車に乗り込み、「ねぇ、これから帰ったら何をするの?」 「あの葉山のホテル、もう行ったの?」 「へぇ、サーフィンするんだ 今年の夏は教えてよ」 なんてとりとめのない話をしていたら、あっという間に彼の降りる駅がやってきた。 外は相変わらずカラっと晴れた春空。 車内はこれから始まる1日を楽しみにしている人たちでごった返していた。  

それまでは何ともなかったのに、電車が減速して足元がふらついた瞬間、急に寂しくなってしまった。 彼と離れたくないと思いはじめてしまった。 「だから一緒に帰るのは嫌。 次回からはやっぱり私が先に帰ろう」 心の中でそう決意した時、彼が私の指に指を絡めて言った。 「じゃあまたね。 見送らないよ」

電車を降りる直前にはもう、すっかり気持ちを切り替えて、私のことなんてスッキリ忘れてるに違いないと思ったのに。 私のことをギリギリまで想っていてくれたことが嬉しかった。 いや実は彼にとっては無意識の動作で、実は彼の気持ちはすでに前を向いていて、実は私のことなんてとっくに意識の外だったのかもしれないけど、指を絡める、そんな小さな彼の仕草が、私の(突発的な)淋しさを吹き飛ばしてくれた。


そしてガタンと電車が走りだし、私の気持ちは前を向いて動きはじめた。 ほんの一瞬も彼の姿を振りかえることはなかった。 

あぁ今夜、この早春の晩、彼はいったいどこで何をしてるのだろう? 私を想う瞬間はあるのだろうか?

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