妹は今月10日(火)に緊急入院しました。
当日、妹は、母と一緒に某つくば市の精神病院へ。外来のつもりで行ったんですが、そのまま入院となりました。事前に、病院の相談員さんへ、母からも私からも相談をしていて、「入院については家族一同合意しています」という話は伝わっていたので、納得の結果です。
母曰く、先生から、「お母さん、どう思いますか」と聞かれ、母は、「車の運転も心配ですし、ひとりで生活しているのも心配ですし・・・」と小さな声で返答したところ、先生が、「お母さん、どうしたいんですか!」と言われたとのこと。その後、先生は、「あなた(妹)の話を聞いていて、入院しての治療が必要だと思います」と、妹に向かって強い口調で言われたそうです。そして妹は、有無をいう間もなく、ナース数人に囲まれて、入院病棟へ。母はその後、相談員さんの話を聞いたそうですが、衝撃なことだったようであまり覚えていないそう。
さて私ですが、昨日から実家に帰省し、妹のアパートの処分についての手配をしていました。結果、来月中旬にアパートを出て、レンタルトランクルームに所有物を入れるということになりました。引越し業者の相見積もりをとったり、トランクルームのレンタル契約をしたり、電気・水道・ガスの利用停止手配をしたり・・・妹不在の中、両親はまったく動かず、それは少々手間のかかる仕事でしたが、私が主導権を取って、全て完了しましたので、結果オーライということで。
今後も、この調子で、私主導で、物事を進めて行きたいと思いますし、それに対して両親がOKだということがわかりましたので、もう迷いはありません。ただ進みのみです。ひとつずつ。
ただね、妹のアパートに入ったら、泣けてしまいました。
冷蔵庫も洗濯機もテレビもなく(全部、元旦那に持っていかせたんだって)。そんな殺風景な空間に、ダンボールがあちこちに転がり、「思い出」「重要」「書類」「確定申告」等とラベル分けされたジップロックが転がっていて。そして、走り書きのようなものがあちこちにあり、その全てが、「〇〇はいつまでに支払」「〇〇円−△△円=□□円」というものでした。
2Kの部屋のあちこちに、私と一緒に撮った写真が飾られていて。ニューヨークに1ヶ月遊びにきた時に撮った写真やら、私が帰国した時に行ったハワイ旅行の写真やら、先日帰省した際にとった写真やら・・・
こんなに想ってもらっていたのに、そして妹が昨年末から、色々な形でSOSを出していたというのに、全く気がつかず、いや、気がついていても対応するのがこんなにも遅れてしまったことが、今になって悔やまれます。どんな思いで、日々、あの空間にいたのかと思うと、本当に不憫で、今まで何もできなかったことが申し訳なく、とても辛い想いでいっぱいです。
今やっと入院し、必要な治療が受けられるという状況になったのですから、妹にはとにかく、治療に専念してもらって、その他の心配事は忘れて。その他のことは、私たち家族(いや、私か?)で、なんとか処理したいと思っています。
Sunday, March 22, 2015
Tuesday, March 17, 2015
Death of My Uncle
叔父が、3月7日(土)に亡くなりました。
享年67才でした。通夜は12日(木)、告別式は13日(金)に、無事、執り行うことができました。
父は、なかなか前に出ることが出来ず・・・
私が背中を押すと、ようやく、棺に近づき、叔父の顔に触れ、泣きながら「よくがんばった」と声をかけていました。花を手渡すと、その花を叔父の顔の近くに手向けていました。
火葬場でも、後方でモジモジしていたので、最後のお別れをしましょうと背中を押しました。棺が焼却炉へと入る前に、もう一度、顔を見る機会をもらえました。
拾骨の際も、後ろの方にいたので、前に出てくるように指示し、喪主、息子夫婦の次に、骨が拾えるようにしました。
父から私へ、箸が手渡され・・・何も言わずとも、想いは伝わります。血というのはとても濃いものですね。
語りたいことは多々あります。もしかしたら来週以降に書けるかもしれません。でも今は、これが出来る全てです。
享年67才でした。通夜は12日(木)、告別式は13日(金)に、無事、執り行うことができました。
父は、なかなか前に出ることが出来ず・・・
私が背中を押すと、ようやく、棺に近づき、叔父の顔に触れ、泣きながら「よくがんばった」と声をかけていました。花を手渡すと、その花を叔父の顔の近くに手向けていました。
火葬場でも、後方でモジモジしていたので、最後のお別れをしましょうと背中を押しました。棺が焼却炉へと入る前に、もう一度、顔を見る機会をもらえました。
拾骨の際も、後ろの方にいたので、前に出てくるように指示し、喪主、息子夫婦の次に、骨が拾えるようにしました。
父から私へ、箸が手渡され・・・何も言わずとも、想いは伝わります。血というのはとても濃いものですね。
語りたいことは多々あります。もしかしたら来週以降に書けるかもしれません。でも今は、これが出来る全てです。
Saturday, February 21, 2015
Package from My Sis.
妹から小包が届きました。
私がお世話になった方へのギフトがふたつ。
私へのギフトがふたつ。
手紙が入っていて・・・
読んだら、涙が止まりません。
私が何か悪いことをしたのかな。
なんで妹がこんなに壊れちゃうんだろう。
私がお世話になった方へのギフトがふたつ。
私へのギフトがふたつ。
手紙が入っていて・・・
読んだら、涙が止まりません。
私が何か悪いことをしたのかな。
なんで妹がこんなに壊れちゃうんだろう。
Sunday, February 15, 2015
Family Crisis
家族内に問題があり、1泊2日で帰省していました。
結論からいえば、家族全員で問題を共に認識し、解決のための道筋を見出し、それに向かって進んでいくことで合意することができました。
「なだめすかし」の話し合いでした。あの手この手をつかいました。「がん患者なの・・・」という反則ギリギリのカードも使いました。
私は、「モデレーター」としての役割を果たし、目指していたゴール(←家族にとってはここからが本当のスタート)にたどりつくことができたことに、疲れたけど、満足しています。
ここからが始まりです。一歩一歩確実に、胸に希望を持ち、焦らず、直近ゴール(=問題解決)に向けて、しっかり歩いて行かなくてはと思っています。
まだまだたくさんある家族の問題ですが、それは、ひとつふたつと着実に解決して行かなくてはと思っています。そしてその後には、家族全員が、「幸せだなぁ」と感じることができる境地に一瞬でもいいからたどり着きたい!と心の底から強く思っています。
長女ですもの、がんばります!
(左から)母、妹、父、尚子(犬)
妹は、1日1食というストイックなダイエットをして、ガリガリに痩せちゃって、シワシワになっちゃったよ(泣)でも、私と一緒に、夕食も朝食もしっかり食べてくれたから、ちょっと安堵。
妹が編んでくれたマフラーは、長さが足りないため、リラ用にしましたよ。
結論からいえば、家族全員で問題を共に認識し、解決のための道筋を見出し、それに向かって進んでいくことで合意することができました。
「なだめすかし」の話し合いでした。あの手この手をつかいました。「がん患者なの・・・」という反則ギリギリのカードも使いました。
私は、「モデレーター」としての役割を果たし、目指していたゴール(←家族にとってはここからが本当のスタート)にたどりつくことができたことに、疲れたけど、満足しています。
ここからが始まりです。一歩一歩確実に、胸に希望を持ち、焦らず、直近ゴール(=問題解決)に向けて、しっかり歩いて行かなくてはと思っています。
まだまだたくさんある家族の問題ですが、それは、ひとつふたつと着実に解決して行かなくてはと思っています。そしてその後には、家族全員が、「幸せだなぁ」と感じることができる境地に一瞬でもいいからたどり着きたい!と心の底から強く思っています。
長女ですもの、がんばります!
(左から)母、妹、父、尚子(犬)
妹は、1日1食というストイックなダイエットをして、ガリガリに痩せちゃって、シワシワになっちゃったよ(泣)でも、私と一緒に、夕食も朝食もしっかり食べてくれたから、ちょっと安堵。
妹が編んでくれたマフラーは、長さが足りないため、リラ用にしましたよ。
My First Krispy Kreme Doughnuts
バレンタイン前夜、BFが「クリスピー・クリーム」のドーナツを買ってきてくれました! Thank YOU!
実はこの「クリスピー・クリーム」のドーナツ、今まで一度も食べたことがなく(←元々、甘いモノを食さないという嗜好もあるのですが・・・)私が常々、「死ぬまでに一度は食べたい!」と言っていたものです(←大げさね 苦笑)
甘さは、日本人の口に合うように、控えめにしてあるのかな? ほんのり甘く、生地はちょっとしょっぱい。遠い昔に食べたアメリカのドーナツの、生地もアイシングも甘いっていう味とは違いました。でも、甘さ控えめなおかげで、何個でも食べれそう!
今回いただいたのは、ショコラとラズベリー味♪
実はこの「クリスピー・クリーム」のドーナツ、今まで一度も食べたことがなく(←元々、甘いモノを食さないという嗜好もあるのですが・・・)私が常々、「死ぬまでに一度は食べたい!」と言っていたものです(←大げさね 苦笑)
甘さは、日本人の口に合うように、控えめにしてあるのかな? ほんのり甘く、生地はちょっとしょっぱい。遠い昔に食べたアメリカのドーナツの、生地もアイシングも甘いっていう味とは違いました。でも、甘さ控えめなおかげで、何個でも食べれそう!
今回いただいたのは、ショコラとラズベリー味♪
憧れのパッケージ♪
次回はまた違う味も食べてみたいなー・・・(←なんて、暗にBFにおねだりです 苦笑)
Thursday, January 22, 2015
What happened to some of my pictures???
Googleと共有しているわたしのアルバムは合計3つあり、全て非公開だが、このBlogには表示されていた。その写真のうち、最新のものが大幅に削除されたか、リンクが切れているのか、なにかテクニカルな問題が起きているのか・・・このBlogに表示されない現象が起きている。
Blogをさかのぼると、2013年3月26日の「New Coat for Spring 2013!」から現在までの投稿の写真、合計661枚が表示されなくなっている様子。
とりあえず最新の数枚をアップしなおして、数日様子を見てみることにする。もし表示されないままだとしたら・・・1枚ずつアップしなおすという、気の遠くなるような作業が待っている。
「これを機にもうBlogなんてやめてしまえ!」という悪魔の囁きが一瞬聞こえたが、ここにアップしている投稿はわたしにとってはどれもこれも大切なものなので、数日後にまだ非表示のままだったとしたら、1日1日少しずつアップしなおそうと思っている。
Blogをさかのぼると、2013年3月26日の「New Coat for Spring 2013!」から現在までの投稿の写真、合計661枚が表示されなくなっている様子。
とりあえず最新の数枚をアップしなおして、数日様子を見てみることにする。もし表示されないままだとしたら・・・1枚ずつアップしなおすという、気の遠くなるような作業が待っている。
「これを機にもうBlogなんてやめてしまえ!」という悪魔の囁きが一瞬聞こえたが、ここにアップしている投稿はわたしにとってはどれもこれも大切なものなので、数日後にまだ非表示のままだったとしたら、1日1日少しずつアップしなおそうと思っている。
Wednesday, January 14, 2015
Story
♪I'm not alone, you're by my side
I'm standing strong, you give me hope to carry on
You washed away my fears
Now I know I'm here because I have you near
You’re not alone, I'm by your side
When you are down, I'll be the one to make you smile
I'll wash away your tears
And the sun will shine its light on you and me♪
わたしのBFは、わたしにとって「ベイマックス」です。
いい時もわるい時も、いつも側にいてくれています。
わたしを守り、励まし、時には喝を入れてくれます。
彼がいるから、わたしは輝ける。
「乳がん治療の旅」に付き合ってくれているBFに心から感謝です。
言葉で表すと陳腐になっちゃうけど・・・本当にありがとう。
Love YOU!
Tuesday, January 13, 2015
Breast Cancer 22
1月13日(火)
今日、抜糸@ブレストサージェリークリニック(品川)が無事に終わりました。
所要時間は約2分くらいで、拍子抜けしてしまいました。 看護師さんが、ガーゼとテープを外してくださって、出てきた傷口とご対面!でしたが・・・傷口は平らでビックリするくらいキレイ!でしたよ。ドレーンを止めていた糸と同じような極細の糸でものすごく大雑把に!縫ってありました。聞けばどうやら、内側をしっかり縫ってあるそうです。だからですね、表面はしつけ縫いのような感じ。表面皮膚が自然とくっつけば、傷も目立たなくなりそうです。
「いいですね。キレイですよ。今は腫れているけど、内出血が取れればもう少し小さくなるので、(左側と)同じくらいの大きさになりますよ」とI先生。
で、そのI先生から、ド・ストライクな質門。
「乳輪と乳頭はどうしますか?」
もし再建するなら、健常な左乳房の乳輪は色が薄いため、移植は難しいらしく、タトゥー(入れ墨)になるそう。所要時間は1時間くらいで、費用は保険適用ではないので実費で20万円くらい。 乳頭はなんとか左側から移植できそう。こちらは所要時間20分くらいで、費用は保険適用で2万円。抜糸まで2週間くらいはお風呂に入れないので、「やるなら、暑くなる前にやったほうがいいですね」とI先生。
とりあえず、この案件は持ち帰り、次回の検診(2月14日)までに結論を出すということで。だって、乳輪・乳頭を作らずに、ピンクリボンのタトゥーを入れちゃうかもしれないし(笑)
焦らず、欲張らず、ひとつ、ひとつ着実に・・・ですね。
今日、抜糸@ブレストサージェリークリニック(品川)が無事に終わりました。
所要時間は約2分くらいで、拍子抜けしてしまいました。 看護師さんが、ガーゼとテープを外してくださって、出てきた傷口とご対面!でしたが・・・傷口は平らでビックリするくらいキレイ!でしたよ。ドレーンを止めていた糸と同じような極細の糸でものすごく大雑把に!縫ってありました。聞けばどうやら、内側をしっかり縫ってあるそうです。だからですね、表面はしつけ縫いのような感じ。表面皮膚が自然とくっつけば、傷も目立たなくなりそうです。
「いいですね。キレイですよ。今は腫れているけど、内出血が取れればもう少し小さくなるので、(左側と)同じくらいの大きさになりますよ」とI先生。
で、そのI先生から、ド・ストライクな質門。
「乳輪と乳頭はどうしますか?」
もし再建するなら、健常な左乳房の乳輪は色が薄いため、移植は難しいらしく、タトゥー(入れ墨)になるそう。所要時間は1時間くらいで、費用は保険適用ではないので実費で20万円くらい。 乳頭はなんとか左側から移植できそう。こちらは所要時間20分くらいで、費用は保険適用で2万円。抜糸まで2週間くらいはお風呂に入れないので、「やるなら、暑くなる前にやったほうがいいですね」とI先生。
とりあえず、この案件は持ち帰り、次回の検診(2月14日)までに結論を出すということで。だって、乳輪・乳頭を作らずに、ピンクリボンのタトゥーを入れちゃうかもしれないし(笑)
焦らず、欲張らず、ひとつ、ひとつ着実に・・・ですね。
Friday, January 09, 2015
Breast Cancer 21
1月9日(金)
今日はドレーン抜去のため、ブレストサージェリークリニック(品川)へ行ってきました。
12時半の予約に間に合うように、11時40分くらいに自宅最寄り駅から電車に乗り、12時少しすぎに品川駅到着。歩いくこと約10分でクリニックに到着。←予約時間より10分少々早くついちゃった。
処置室へ移動。食塩水を入れるとき同様、上半身ハダカになります。部屋には看護師さんがふたりいましたが、全く気になりません。ササッと脱ぎ、タオル等で隠すこともなく、ピンク色の椅子にどーん!と座ります。
看護師さんが、焼き肉やトムヤムラーメンを食べるときにつける紙の「前かけ」みたいなものを、ジーパンのウエストのところに挟んでくださいます。処置中に血液やら何やらが飛んで染みにならないようになんですって。
いよいよ、ものすごくたくさん重ねてあるガーゼと、その上から何重にも重ねたテープを剥がします。少しずつ、少しずつ・・・脇の下のテープを剥がす時がちょっと痛かった!「ちょっと痒くなっちゃったんで、胸の谷間のあたりのテープはちょっと剥がしちゃったんですよね、昨日(笑)」と私。「ガーゼもあまり汚れてないですし、いいですね」と看護師さん。
「じゃ、ちょっと押しますね」と看護師さんは言い、親の恨みとばかりに、思いっきり私の胸を押し始めました。「中の空気とか排液を出しちゃいますね」と言いながら、ギューギューギューギュー、場所を変えたり、角度を変えたりしながら、押すこと約1分。もう出るものがなくなったのでしょう、「じゃ、ドレーン抜きますね」と言いながら、にゅるっと2本(くらい)、管を抜いてくださいました。消毒後、新しいガーゼで傷口を覆ってテープで強めに固定して、終了。
鏡で見たわけではなかったのですが、上から見下ろした胸は、サイズも形もとても美しかった・・・ちょこっと下部を触ったら、ぷにぷにしていて気持ちよかった。感激!!!
追記:
私の右胸の中に入っているのは「ナレトル410ブレストインプラント」で、釣鐘型。カタログ番号は「JTF3-LX130-365」です。
今日はドレーン抜去のため、ブレストサージェリークリニック(品川)へ行ってきました。
12時半の予約に間に合うように、11時40分くらいに自宅最寄り駅から電車に乗り、12時少しすぎに品川駅到着。歩いくこと約10分でクリニックに到着。←予約時間より10分少々早くついちゃった。
処置室へ移動。食塩水を入れるとき同様、上半身ハダカになります。部屋には看護師さんがふたりいましたが、全く気になりません。ササッと脱ぎ、タオル等で隠すこともなく、ピンク色の椅子にどーん!と座ります。
看護師さんが、焼き肉やトムヤムラーメンを食べるときにつける紙の「前かけ」みたいなものを、ジーパンのウエストのところに挟んでくださいます。処置中に血液やら何やらが飛んで染みにならないようになんですって。
いよいよ、ものすごくたくさん重ねてあるガーゼと、その上から何重にも重ねたテープを剥がします。少しずつ、少しずつ・・・脇の下のテープを剥がす時がちょっと痛かった!「ちょっと痒くなっちゃったんで、胸の谷間のあたりのテープはちょっと剥がしちゃったんですよね、昨日(笑)」と私。「ガーゼもあまり汚れてないですし、いいですね」と看護師さん。
「じゃ、ちょっと押しますね」と看護師さんは言い、親の恨みとばかりに、思いっきり私の胸を押し始めました。「中の空気とか排液を出しちゃいますね」と言いながら、ギューギューギューギュー、場所を変えたり、角度を変えたりしながら、押すこと約1分。もう出るものがなくなったのでしょう、「じゃ、ドレーン抜きますね」と言いながら、にゅるっと2本(くらい)、管を抜いてくださいました。消毒後、新しいガーゼで傷口を覆ってテープで強めに固定して、終了。
鏡で見たわけではなかったのですが、上から見下ろした胸は、サイズも形もとても美しかった・・・ちょこっと下部を触ったら、ぷにぷにしていて気持ちよかった。感激!!!
追記:
私の右胸の中に入っているのは「ナレトル410ブレストインプラント」で、釣鐘型。カタログ番号は「JTF3-LX130-365」です。
Wednesday, January 07, 2015
Breast Cancer 20
1月6日(火)
昨年5月1日(木)に聖路加国際病院(築地)で手術(乳房切除術+エキスパンダー挿入)をして以来、約8ヶ月間、毎月少しずつ食塩水を注入し、皮膚を伸ばしてきました。そして昨日、エキスパンダーからシリコン・インプラントへ入れ替える手術を受けました。
前回の手術の際は「腹がすわっていた」というか、手術に対する不安・緊張は少なかったのですが、今回は前回に比べると簡単な手術にも関わらず、不安・緊張が大きくて、自分でも驚きました。
前夜はいつも通り(笑)ワインを1本飲んで、早めに就寝。午前4時以降は飲水禁だったので、それまでは何度も起きて、ガブガブ水を飲みましたよ。というのも、飲酒による脱水症状、ホルモン治療の副作用による発汗がひどかったので。
当日の朝、BFが迎えにきてくれました。「行きたくないよー」とぐずる私をなだめつつ、車でブレスト・サージェリー・クリニック(品川)へ。Thank YOU!
クリニック到着は8時45分。受付で必要書類を提出し、9時ごろ、BFに別れを告げ(←そんな劇的ではなかったですけど 苦笑)、手術準備のため、リカバリー・ルームへ移動しました。
タオル地の手術着(バスローブみたいなもの)と紙製のシャワーキャップ(白)とショーツ(黒)に着替えた後、看護師さんが手術する胸(右)と健常な胸(左)を泡ソープで洗ってくださいました。温かいタオルで泡をキレイに拭きとってもらってしばらく待機。
9時15分くらいでしょうか、I先生が訪室。壁に背をつけて直立するわたしの胸にペンで線を引いていきます。「健常な胸の下の部分に合わせて作りますからね」と先生。「ただ人工物なので健常な胸より丸くなりますからまったく同じには仕上がりませんけど、キレイに作りますからね」
9時半くらい、麻酔科医の先生(女性)の訪室、点滴の準備です。もともと血管が細く、取りづらいのはわかっていましたが、今回はかなり手こずりました。ゴム紐で上腕部をギューッと締めつけた後、手でグーパーグーパーを何度もくり返し、さらに先生が腕をパンパンと何度も叩き、それでもくっきりと浮き上がらなかったのですが、なんとか左手首のところの血管に針をブサッ!と差し込んでくださいました。これがかなり痛くて、点滴のしずくがぽたり、ぽたりと落ちる度にズキン、ズキンと痛む感じ。「麻酔をかけてしまえば痛みも感じないから・・・」と自分に言い聞かせて、そのときを待ちました。
9時50分、点滴を入れた状態で、隣の手術室まで歩いて移動し、手術台に自力で登りました。 手術台に腰をかけた状態で、心電図を背中に3箇所貼っていただきました。右手人差し指に血中酸素濃度計をつけ、シングルベッドよりさらに狭い手術台に横たわりました。
すぐに麻酔科医の先生(女性)がマスクで口・鼻を覆うようにして近づけ、「ゆっくり深呼吸してくださいね」と。言われるとおりに2〜3回深呼吸をすると、マスクを外しました。このあたりから私、フワフワしてとても幸せな気分になってきました。「これから麻酔を入れていきますね。すぐに寝ちゃいますから大丈夫ですよ。気分はどうですか」と先生。「あ、なんかすごくキモチいいです・・・」これが最後の記憶です。
目が覚めると、I先生がテーピングを胸に貼っている最中でした。「気分はどうですか」と聞かれ、「あ、すごくキモチいいです。これからですか」と私。I先生は軽く笑った後、「もう終わりましたよ」と。「え! もう終わったんですか!! 私、いびきかいてなかったですか?」と聞くと、「いびきはかいてなかったですけど、寝言は言ってましたよ」とI先生。
手術台からストレッチャーに乗せていただく際に、前回の聖路加国際病院でのシーンを思い出し、「あの、私、重いですよ」と言うと、看護師さんが「大丈夫ですよ、私たち力持ちですから」と。横滑りでストレッチャーに乗せ、その後、リカバリー・ルームでベッドに乗せていたのはなんと、合計6名の看護師さんたちでした!
リカバリー・ルームで時計を見ると、10時40分でした。麻酔の切れは前回同様、とても良かったです。麻酔科医の先生、看護師さんたちから、「とてもキレイに仕上がりましたよ」と言われ、一安心。「しばらく休んでくださいね」と言われたので、温かいお布団の中でぬくぬくしていると、約10分後、看護師さんがりんごジュースを持ってきてくださいました。約50mlくらいでしたが、午前4時から飲水禁で、むちゃくちゃ喉が乾いていたので、とても美味しかった!
それからまたしばらくして、看護師さんが訪室。点滴が終わったので、針を抜いてくださいました。「あ、これ、たぶん痣になっちゃいますね。ごめんなさいね。なるべく痣にならないように強めに止血しますからね」と、通常よりも長めに強めに押さえてくれました。
11時少しすぎ、着替えを終え、待合室で待っていてくれたBFと再会(←これもまたそんな劇的ではありませんでしたけど 苦笑) 一緒に別室へ移動し、I先生から手術の結果報告を受け、看護師さんから、お薬(抗生物質、胃薬、抗アレルギー剤、痛み止め等)と術後の注意事項(痛み・腫れ、入浴、運動、食事、抜糸等)の説明をうけました。受付の女性スタッフが請求明細書兼領収書を持ってきてれたので、その場でお支払い。保険適用なので自己負担3割で、合計81,370円でした。12万円前後と聞いていたので、安い!と思ってしまいました。そして内訳を見ると、前回の手術で挿入していただいたエキスパンダーと、今回の手術で入れ替えていただいたインプラント両方の費用が含まれていたので、さらに安い!と思いましたよ。
外に出ると雲の切れ間から青空が! うーん、気分いい!! 「終わってしまえば大したことなかったね」と私。BFの車でびゅーっと帰宅し、ランチタイムを少しずらして13時ごろ、近所のデニーズへ。BFはおうどんといくら丼のセット、私はオムライスとオニオン・グラタン・スープ、更にフレンチ・フライも注文。「手術当日は消化のようもの(おかゆや素うどん等)をお召し上がりください。吐き気の原因にもなりますので食べ過ぎないようにご注意ください」と注意事項にありましたが・・・無視です(笑)食欲旺盛なふたりで、完食!
BFは夕方、仕事に行かなくてはならなかったのですが、それまでふたりでお昼寝。午前中は不安と緊張でいっぱいでしたが、午後は食べて寝てとても幸せ。結果、とてもよい1日になりましたとさ。
昨年3月からはじまったわたしの「乳がん治療の旅」はこれからも続きます。今後、再発を防ぐためのホルモン治療は、注射が1年半、経口薬が9年半継続予定です。現在のところ「乳房再建」はここで終了のつもりでいますが、手術の傷が癒えてきたら欲が出るかもしれませんね。健常な胸(左)からの乳頭・乳輪移植は局部麻酔で同時にでき、保険適用、抜糸までは約2週間だそうです。
この旅につきあってくれて、支えてくれているBFには心から感謝しています。いつも本当にありがとう。Love YOU!
追記:
シンクで髪の毛を洗いました。スッキリ!
昨年5月1日(木)に聖路加国際病院(築地)で手術(乳房切除術+エキスパンダー挿入)をして以来、約8ヶ月間、毎月少しずつ食塩水を注入し、皮膚を伸ばしてきました。そして昨日、エキスパンダーからシリコン・インプラントへ入れ替える手術を受けました。
前回の手術の際は「腹がすわっていた」というか、手術に対する不安・緊張は少なかったのですが、今回は前回に比べると簡単な手術にも関わらず、不安・緊張が大きくて、自分でも驚きました。
前夜はいつも通り(笑)ワインを1本飲んで、早めに就寝。午前4時以降は飲水禁だったので、それまでは何度も起きて、ガブガブ水を飲みましたよ。というのも、飲酒による脱水症状、ホルモン治療の副作用による発汗がひどかったので。
当日の朝、BFが迎えにきてくれました。「行きたくないよー」とぐずる私をなだめつつ、車でブレスト・サージェリー・クリニック(品川)へ。Thank YOU!
クリニック到着は8時45分。受付で必要書類を提出し、9時ごろ、BFに別れを告げ(←そんな劇的ではなかったですけど 苦笑)、手術準備のため、リカバリー・ルームへ移動しました。
タオル地の手術着(バスローブみたいなもの)と紙製のシャワーキャップ(白)とショーツ(黒)に着替えた後、看護師さんが手術する胸(右)と健常な胸(左)を泡ソープで洗ってくださいました。温かいタオルで泡をキレイに拭きとってもらってしばらく待機。
9時15分くらいでしょうか、I先生が訪室。壁に背をつけて直立するわたしの胸にペンで線を引いていきます。「健常な胸の下の部分に合わせて作りますからね」と先生。「ただ人工物なので健常な胸より丸くなりますからまったく同じには仕上がりませんけど、キレイに作りますからね」
9時半くらい、麻酔科医の先生(女性)の訪室、点滴の準備です。もともと血管が細く、取りづらいのはわかっていましたが、今回はかなり手こずりました。ゴム紐で上腕部をギューッと締めつけた後、手でグーパーグーパーを何度もくり返し、さらに先生が腕をパンパンと何度も叩き、それでもくっきりと浮き上がらなかったのですが、なんとか左手首のところの血管に針をブサッ!と差し込んでくださいました。これがかなり痛くて、点滴のしずくがぽたり、ぽたりと落ちる度にズキン、ズキンと痛む感じ。「麻酔をかけてしまえば痛みも感じないから・・・」と自分に言い聞かせて、そのときを待ちました。
9時50分、点滴を入れた状態で、隣の手術室まで歩いて移動し、手術台に自力で登りました。 手術台に腰をかけた状態で、心電図を背中に3箇所貼っていただきました。右手人差し指に血中酸素濃度計をつけ、シングルベッドよりさらに狭い手術台に横たわりました。
すぐに麻酔科医の先生(女性)がマスクで口・鼻を覆うようにして近づけ、「ゆっくり深呼吸してくださいね」と。言われるとおりに2〜3回深呼吸をすると、マスクを外しました。このあたりから私、フワフワしてとても幸せな気分になってきました。「これから麻酔を入れていきますね。すぐに寝ちゃいますから大丈夫ですよ。気分はどうですか」と先生。「あ、なんかすごくキモチいいです・・・」これが最後の記憶です。
目が覚めると、I先生がテーピングを胸に貼っている最中でした。「気分はどうですか」と聞かれ、「あ、すごくキモチいいです。これからですか」と私。I先生は軽く笑った後、「もう終わりましたよ」と。「え! もう終わったんですか!! 私、いびきかいてなかったですか?」と聞くと、「いびきはかいてなかったですけど、寝言は言ってましたよ」とI先生。
手術台からストレッチャーに乗せていただく際に、前回の聖路加国際病院でのシーンを思い出し、「あの、私、重いですよ」と言うと、看護師さんが「大丈夫ですよ、私たち力持ちですから」と。横滑りでストレッチャーに乗せ、その後、リカバリー・ルームでベッドに乗せていたのはなんと、合計6名の看護師さんたちでした!
リカバリー・ルームで時計を見ると、10時40分でした。麻酔の切れは前回同様、とても良かったです。麻酔科医の先生、看護師さんたちから、「とてもキレイに仕上がりましたよ」と言われ、一安心。「しばらく休んでくださいね」と言われたので、温かいお布団の中でぬくぬくしていると、約10分後、看護師さんがりんごジュースを持ってきてくださいました。約50mlくらいでしたが、午前4時から飲水禁で、むちゃくちゃ喉が乾いていたので、とても美味しかった!
それからまたしばらくして、看護師さんが訪室。点滴が終わったので、針を抜いてくださいました。「あ、これ、たぶん痣になっちゃいますね。ごめんなさいね。なるべく痣にならないように強めに止血しますからね」と、通常よりも長めに強めに押さえてくれました。
11時少しすぎ、着替えを終え、待合室で待っていてくれたBFと再会(←これもまたそんな劇的ではありませんでしたけど 苦笑) 一緒に別室へ移動し、I先生から手術の結果報告を受け、看護師さんから、お薬(抗生物質、胃薬、抗アレルギー剤、痛み止め等)と術後の注意事項(痛み・腫れ、入浴、運動、食事、抜糸等)の説明をうけました。受付の女性スタッフが請求明細書兼領収書を持ってきてれたので、その場でお支払い。保険適用なので自己負担3割で、合計81,370円でした。12万円前後と聞いていたので、安い!と思ってしまいました。そして内訳を見ると、前回の手術で挿入していただいたエキスパンダーと、今回の手術で入れ替えていただいたインプラント両方の費用が含まれていたので、さらに安い!と思いましたよ。
外に出ると雲の切れ間から青空が! うーん、気分いい!! 「終わってしまえば大したことなかったね」と私。BFの車でびゅーっと帰宅し、ランチタイムを少しずらして13時ごろ、近所のデニーズへ。BFはおうどんといくら丼のセット、私はオムライスとオニオン・グラタン・スープ、更にフレンチ・フライも注文。「手術当日は消化のようもの(おかゆや素うどん等)をお召し上がりください。吐き気の原因にもなりますので食べ過ぎないようにご注意ください」と注意事項にありましたが・・・無視です(笑)食欲旺盛なふたりで、完食!
BFは夕方、仕事に行かなくてはならなかったのですが、それまでふたりでお昼寝。午前中は不安と緊張でいっぱいでしたが、午後は食べて寝てとても幸せ。結果、とてもよい1日になりましたとさ。
昨年3月からはじまったわたしの「乳がん治療の旅」はこれからも続きます。今後、再発を防ぐためのホルモン治療は、注射が1年半、経口薬が9年半継続予定です。現在のところ「乳房再建」はここで終了のつもりでいますが、手術の傷が癒えてきたら欲が出るかもしれませんね。健常な胸(左)からの乳頭・乳輪移植は局部麻酔で同時にでき、保険適用、抜糸までは約2週間だそうです。
この旅につきあってくれて、支えてくれているBFには心から感謝しています。いつも本当にありがとう。Love YOU!
追記:
シンクで髪の毛を洗いました。スッキリ!
Monday, January 05, 2015
First Dance in 2015
今日は新年初の団体レッスン(ラテン)@Dance Studio Sam Circus(川崎)へ行ってきました。 暴飲暴食+寝正月で増えてしまった体重約2㎏を落とさなくちゃ!(・・・って、そんなすぐには落ちませんけどねっ 苦笑)
今月のダンスはなんとサンバ! 音楽は好きだし、見ているととても楽しくなるダンスなので、いつか踊りたいと思っていました。で、ラッキー!と思いましたが・・・実はものすごく難しくて玉砕!
結論からいうと、やはりラテンの基本である「ルンバ・ウォーク」と「ヒップ・ツイスト」を意識することなく自然に出来るようにならないとダメみたい。それから足はしっかりターン・アウトができないとダメ。それからそれから体幹も鍛えなくちゃダメ・・・と、ダメなことだらけな自分を再認識しましたよ(泣)。
さてと、打ちのめされて落ち込んでも仕方ないので、ここは前向きにね、ダンスに関する新年の抱負を!
(1)スタンダートのほうは、昨年はスタンダードの基本のワルツを頑張りましたが、まだまだホールドが美しくないので、今年はもっと美しく踊れるように頑張りたいと思います。そしてまだ未熟なタンゴを格好良く踊れるように頑張りたいと思います。
(2)ラテンのほうは、昨年末からスタートしたラテンの基本のルンバを引き続き頑張りたいと思います。できれば夏までに情緒的に踊れるようになって、年末までには軽快にサンバを踊れるようになれるように頑張りたいと思います。
(3)年末までにBFと一緒にワルツかタンゴを踊れるようになれたらいいな。(業務連絡:真知子先生、やる気満々でしたよ!)
今月のダンスはなんとサンバ! 音楽は好きだし、見ているととても楽しくなるダンスなので、いつか踊りたいと思っていました。で、ラッキー!と思いましたが・・・実はものすごく難しくて玉砕!
結論からいうと、やはりラテンの基本である「ルンバ・ウォーク」と「ヒップ・ツイスト」を意識することなく自然に出来るようにならないとダメみたい。それから足はしっかりターン・アウトができないとダメ。それからそれから体幹も鍛えなくちゃダメ・・・と、ダメなことだらけな自分を再認識しましたよ(泣)。
さてと、打ちのめされて落ち込んでも仕方ないので、ここは前向きにね、ダンスに関する新年の抱負を!
(1)スタンダートのほうは、昨年はスタンダードの基本のワルツを頑張りましたが、まだまだホールドが美しくないので、今年はもっと美しく踊れるように頑張りたいと思います。そしてまだ未熟なタンゴを格好良く踊れるように頑張りたいと思います。
(2)ラテンのほうは、昨年末からスタートしたラテンの基本のルンバを引き続き頑張りたいと思います。できれば夏までに情緒的に踊れるようになって、年末までには軽快にサンバを踊れるようになれるように頑張りたいと思います。
(3)年末までにBFと一緒にワルツかタンゴを踊れるようになれたらいいな。(業務連絡:真知子先生、やる気満々でしたよ!)
Sunday, January 04, 2015
Happy New Year 2015
昨年は(も)色々なことがありました。その経験を通して多くのことを学ぶことができました。健康のありがたさ、人の優しさ、働く喜び等。
「一年の計は元旦にあり」といいますから・・・今年は昨年学んだことを糧にして、更にレベルアップを目指します。更に強く、更に優しく、更に明るく。
年始にBFが池上本門寺へ連れて行ってくれました。Thank YOU! 6日(火)に乳房再建手術がありますので、それが無事に終わりますように、そして家族・親族・友人一同が心身ともに健康でありますようにとお願いしました。
来年もまた一緒に年始のお詣りに来れるといいな。
撮影はいつもの素晴らしい、努力家の写真家=BFです。牛久(のイズミヤ)で購入した帽子をかぶってます。
「一年の計は元旦にあり」といいますから・・・今年は昨年学んだことを糧にして、更にレベルアップを目指します。更に強く、更に優しく、更に明るく。
年始にBFが池上本門寺へ連れて行ってくれました。Thank YOU! 6日(火)に乳房再建手術がありますので、それが無事に終わりますように、そして家族・親族・友人一同が心身ともに健康でありますようにとお願いしました。
来年もまた一緒に年始のお詣りに来れるといいな。
撮影はいつもの素晴らしい、努力家の写真家=BFです。牛久(のイズミヤ)で購入した帽子をかぶってます。
(わたしの)健康を願って、BFがお守りを買ってくれました。Thank YOU!
Monday, October 27, 2014
Breast Cancer Sucks
「乳がん」ってやつは、手術をしたら終わりじゃなくて、実はそこからがスタートだったのね・・・と思う今日このごろ。振り返れば、手術前・直後は、そんなに大変じゃなかった。色々な人にちやほやされて(i.e. 心配されて)、ひとりじゃないって感じてた。みんなで一緒に頑張ってるって感じてた。
でも今、術後しばらくして、ホルモン治療をはじめてからが、かなり大変。誰もかれもみんな、「もう完治したでしょ」くらいな勢いで接してくる。でも副作用とか、地味だけど、日々ひどいからね。
- ホットフラッシュ
- (ホットフラッシュの後の)寒気
- 関節痛
- 関節がポキポキ鳴る
- 肩こりと首こり
- 突然やってくるうつ的な症状
- おりもの量増える
- 健常な胸縮む
- しみ、シワ増える
- 痣
上記プラス、術後の副作用的なものも残ってるし。
- 胸の痛み(神経が生まれ変わってきてるらしい)
- 胸と脇のしびれ(リンパをとったからね)
昨日は、久しぶりにブレストクリニックへ。2回連続で予約をドタキャンし、さすがに3回目は行かなきゃダメでしょということで、行ってきました。なんかもう色々イヤになっちゃったんだけれども(=やさぐれてます!)、来年1月6日に再建手術の予定が入ってるから、行かなきゃってことで。
私の右胸には、400ccキャパのエキスパンダーが入っています。これまでに何度も食塩水を注入して、すでに400ccマックス入っているというのに、今回はさらに60cc入れられちゃいましたよ。皮膚が伸びて痛い、痛い。っていうか、肺を押してるから、息が苦しいよ。それに、破裂しないんだろうか、心配だよ。
ホルモン治療(リュープリン+タモキシフェン)のせいで、健常な左胸は縮んでしまい、食塩水を注入するたびに大きく膨らむ右胸との差が歴然としてきてしまいました。でもだからといって、ピタッとした服を諦めるわけにはいかないでしょう。というわけで、こちらの「激盛りシリコンパッド」をアマゾンで注文しましたよ。
でもね、パッドを入れたことによって、問題の1つは片付くけど、山盛りの副作用はかわりませんよね。そして、パッドを入れるときいつも(毎朝)、「右胸がなくなっちゃって、エキスパンダー入れてるから、それに合わせて左胸にパッドかなんか入れて大きくしなくちゃバランスとれないよね」って、わたしは思うんでしょう。それが果たして、精神的にいいことなのかどうなのか、疑問ですね。
「乳がん」は、ひとくくりにはできません。タイプは様々だし、それのよって手術も治療の方法も異なります・・・「乳がん」を患った人でも、その経験、感じ方は千差万別だと思います。だから、わたしがここで語ってることは、「乳がん」を患った方々の「声」を代表するものではありません。あくまでも、わたしの個人的な意見です、ということを付け加えておきたいと思います。
Thursday, September 25, 2014
Dinner @ Ebikatsu
先日19日(金)、BFと浜松町駅で待ち合わせして、海老勝@蒲田でディナーをしました。
7月下旬に新しい職場へ転職して以来、定時に帰ったことなどないBFが、せっかく定時に帰れるというのだから、早く帰してあげるのが良いGFなのだろうけど・・・ごめんね。
でも久しぶりに一緒にディナーができて、それも海老勝@蒲田さんで、お上品な味付けのお料理をいただきながら、日本酒を少々。大好きな人と、美味しいものをいただきながら、会話が弾むって、なんて幸せな時間なのー! というわけで、1週間の疲れは吹き飛んじゃいましたよ。Thank YOU!
今回頂いたのは下記のとおりです。
(撮影はいつもの努力家の写真家=BFです)
刺身盛り合わせ(1名様盛)
こちらの「しめ鯖」は、しめ具合がお上品なのです。BFはあまり「しめ鯖」は得意じゃないようですが、こちらのものは美味しいとパクリと食べちゃいます!

現蔵元「鈴木明美氏」は東京農大醸造科を卒業後、地元でOL経験を経て主婦業に入りますが、先代である父上が突然の病で亡くなられ蔵を継ぐ決心を固めます。当時の蔵はレギュラー酒がほとんどで、純米酒の仕込みはタンク1本だけという状態でしたが、全国でも通用する純米酒、吟醸酒をメインにした蔵になる事を目指して、独自のスタイルを追求していこうと杜氏制を廃止し、地元蔵人と家族だけで酒を造る道を選びました。
そして、酒造りを一から勉強し直すために、福島県が行う酒造アカデミーに入学し、全国の蔵元を夫婦で訪ね歩き、無我夢中で約3年間酒造りに没頭したそうです。最初の頃は「失敗もしたし、形になるまでものすごい回り道をした」と語る鈴木氏ですが、数年後には全国の鑑評会でも高い実績と評価を得て注目を集めます。そして2001年、小規模ながら品質と個性を重視し、全国の酒好きに向けた新銘柄「天明」が誕生しました。
「天明」という酒名は、社名の「曙」と同じく夜明け前の様子を表しており、伝統を守りながら新しい挑戦を続けようという蔵の酒造りに対する姿勢、願いが込められています。」
さて、ディナーの後、BFと一緒に、近所の「のら猫たち」の餌付けに繰り出しました。これは、とても危険なミッションです。「のら猫にエサをやっている人がいる」と通報されて、私たちがお咎めを受けるのもイヤですし、それによって猫たちが保健所に送られることになったらもっとイヤです。
ふたりでコンビニでキャットフードを買って、ドキドキ、ヒヤヒヤしながら、あげました。2匹だけと思っていたのでキャットフードは2缶しか買わなかったら実は、3匹も(いやもう1匹いた!)いたので、わたし、更に2缶買いに走りましたとさ。
下記の写真はBFが帰りがけに撮影してくれたものです。「ありがとう」って言ってるみたいに見えるよー! Thank YOU!
7月下旬に新しい職場へ転職して以来、定時に帰ったことなどないBFが、せっかく定時に帰れるというのだから、早く帰してあげるのが良いGFなのだろうけど・・・ごめんね。
でも久しぶりに一緒にディナーができて、それも海老勝@蒲田さんで、お上品な味付けのお料理をいただきながら、日本酒を少々。大好きな人と、美味しいものをいただきながら、会話が弾むって、なんて幸せな時間なのー! というわけで、1週間の疲れは吹き飛んじゃいましたよ。Thank YOU!
今回頂いたのは下記のとおりです。
(撮影はいつもの努力家の写真家=BFです)
刺身盛り合わせ(1名様盛)
こちらの「しめ鯖」は、しめ具合がお上品なのです。BFはあまり「しめ鯖」は得意じゃないようですが、こちらのものは美味しいとパクリと食べちゃいます!
なすの煮浸し
(的なもの・・・正式名称は忘れちゃいました)
BFがなす星人(=なすLover?)なので、かなりの頻度でなす料理を注文します。見てわかるとおり、お出汁が澄んでいるでしょう? 手間ひまかけて作っているんです。 だから美味しいんです。
ホタテとキノコのポトフ
(的なもの・・・正式名称は忘れちゃいました)
こちらは、バターが入ることにより、洋風に仕上がっていました。なす(和風)をいただいた後に、これ(洋風)をいただいたので、味に変化があり、舌が飽きませんでしたよ。スープの最後の一滴までも美味しくて、大切にいただきました。
えびかつ
(たぶんいただいたと思ったのですが・・・ふたりとも食べることに夢中になってしまい、写真撮影を忘れちゃったのかも?)
肉豆腐 柳川流
これはもう! 本当に美味しい! こちらでは必ずいただきます。醤油と砂糖のバランス、それと具材とのバランスが絶妙。お味は、お上品の一言につきます! お肉のエキスパート=BF曰く、この中に入っている「牛肉」はとても良いものなんですって! その真偽を確かめるべく、スタッフの方に伺ったところ、葉山のお肉屋さんから、大将が美味しいものを仕入れているそう。(BFの目利きは正しかった!)
日本酒(天明)
名前に惹かれて頼んだお酒でしたが、とても飲みやすくて素晴らしかった。調べたところ、福島県にある酒蔵で女性杜氏によって作られたものなんですって!
「創業は明治37年、会津の小さな酒蔵で女性杜氏が醸しだす「天明」という銘柄は、約五百石の造りしかありませんが「米の力を信じてその声を聞きながら、酵母の生命力に全てを任せる。こうして出来た酒は季節が変わる度に成長します。」という事から、無濾過生原酒での出荷を基本するこだわりの蔵元です。
現蔵元「鈴木明美氏」は東京農大醸造科を卒業後、地元でOL経験を経て主婦業に入りますが、先代である父上が突然の病で亡くなられ蔵を継ぐ決心を固めます。当時の蔵はレギュラー酒がほとんどで、純米酒の仕込みはタンク1本だけという状態でしたが、全国でも通用する純米酒、吟醸酒をメインにした蔵になる事を目指して、独自のスタイルを追求していこうと杜氏制を廃止し、地元蔵人と家族だけで酒を造る道を選びました。
そして、酒造りを一から勉強し直すために、福島県が行う酒造アカデミーに入学し、全国の蔵元を夫婦で訪ね歩き、無我夢中で約3年間酒造りに没頭したそうです。最初の頃は「失敗もしたし、形になるまでものすごい回り道をした」と語る鈴木氏ですが、数年後には全国の鑑評会でも高い実績と評価を得て注目を集めます。そして2001年、小規模ながら品質と個性を重視し、全国の酒好きに向けた新銘柄「天明」が誕生しました。
「天明」という酒名は、社名の「曙」と同じく夜明け前の様子を表しており、伝統を守りながら新しい挑戦を続けようという蔵の酒造りに対する姿勢、願いが込められています。」
さて、ディナーの後、BFと一緒に、近所の「のら猫たち」の餌付けに繰り出しました。これは、とても危険なミッションです。「のら猫にエサをやっている人がいる」と通報されて、私たちがお咎めを受けるのもイヤですし、それによって猫たちが保健所に送られることになったらもっとイヤです。
ふたりでコンビニでキャットフードを買って、ドキドキ、ヒヤヒヤしながら、あげました。2匹だけと思っていたのでキャットフードは2缶しか買わなかったら実は、3匹も(いやもう1匹いた!)いたので、わたし、更に2缶買いに走りましたとさ。
下記の写真はBFが帰りがけに撮影してくれたものです。「ありがとう」って言ってるみたいに見えるよー! Thank YOU!
Tuesday, September 23, 2014
Rila's 5th Birthday
先日9月15日はリラの5歳の誕生日でした。BFが可愛いケーキを買ってきてくれましたよ。Thank YOU!
リラが5歳ということは・・・私とBFが知り合って5年半になるのですね。 年々、ふたりの間の絆が太く大きく強く堅くなってきました。 これもひとえにBFの忍耐力のおかげです。Thank YOU!
今年の上半期は、私にとってもBFにとっても、大きな転機となる出来事(私の乳がん、BFの転職)があり、ふたりの絆を試される時期だったように感じています。それでも、おかげさまで、今日現在まで、つかず離れず一緒にいることができ、ありがたいことですね。感謝しています。Thank YOU!
来年のリラの誕生日も一緒に祝いことができますように。
Friday, August 15, 2014
天皇陛下のおことば
「本日、『戦没者を追悼し平和を祈念する日』に当たり、 全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、 かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、 深い悲しみを新たにいたします。
終戦以来既に六十九年、国民のたゆみない努力により、 今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、 苦難に満ちた往時をしのぶとき、 感慨は今なお尽きることがありません。
ここに歴史を顧み、 戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、 戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、 世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。」
全国戦没者追悼式にて
Friday, May 30, 2014
Prayer
そうそう、書き忘れていましたが・・・
4月4日(金)、聖路加での担当医M先生とのコンサル後に、BFが明治神宮へ連れていってくれて、「病気平癒」の祈願をお願いしてくれました。 Thank YOU!
手術までの日々、憂うことなく、心にいつも平安がありますように。
手術が無事に終わりますように、また、術後は一日もはやく回復しますように。
境内には、心地よい風が流れていました。 カラダの中の余計な力が抜けて、心が穏やかになりました。 不思議と涙がポロポロと流れてきました。 隣に座ってるBFも同様に、はらはらと涙を流していました。 「あぁ、この場所に、神様はいるなぁ」としみじみ感じました。
「病気平癒」の御札をいただいてから、約2ヶ月がたち、振り返ると・・・手術までの日々も穏やかに過ごすことができましたし、手術も無事に終わりましたし、術後は、心配されていたこと(例: 感染症、エキスパンダーの入れなおし、傷口の壊死等)は何ひとつ起こらず、経過は極めて良好です。 5月1日から約1ヶ月、休職していましたが、来週月曜日(6月2日)より職場復帰することとなりました。 ありがたいことです。
職場復帰すれば、午前中の早い時間に散歩したり、ランチにビールを飲んだり、化粧なしで1日過ごしたり、携帯ゲームをしたり・・・そういう「自由」はなくなりますが、今まで感じたことのなかった「仕事ができる喜び」を感じられるのではないかと思います。 また、今回、人生初・入院/手術/休職したことにより、いろいろなことを学びました。 きっとこれも、これから仕事をする上で、またこれからの長い人生、生きてくるんじゃないかと思います。
さて、最近、毎朝、近所の池上本門寺へお参りに行っています。 当初はリハビリもかねて散歩してたのですが、ここ数日は、お参りをするために行っていると感じています。
山門の前で一礼し、長い階段を登り、手水舎で身を清め、本堂の入口でまた一礼、お賽銭を入れ、「感謝」のキモチ(&お願い)を伝え、そして本堂を出る際に一礼、長い階段を降り、山門を出たところでまた一礼。
キリスト教も神道も仏教も、神様は、私たちに必要なものはしっかり分かっていらっしゃると思いますので、お願いごとはほんのすこし(例: 家族、親族、友人皆、健康でありますように・・・)で、メインは、日々の感謝のキモチを伝えるようにしています。
下記の写真撮影は、いつもの素晴らしい写真家=努力家のBFです。
4月4日(金)
聖路加タワーの下、カラダにいいと言われている「アサイー」ジュースを飲んでいます。 いやぁ、酸っぱくて、不味かった(苦笑)
4月4日(金)、聖路加での担当医M先生とのコンサル後に、BFが明治神宮へ連れていってくれて、「病気平癒」の祈願をお願いしてくれました。 Thank YOU!
手術までの日々、憂うことなく、心にいつも平安がありますように。
手術が無事に終わりますように、また、術後は一日もはやく回復しますように。
境内には、心地よい風が流れていました。 カラダの中の余計な力が抜けて、心が穏やかになりました。 不思議と涙がポロポロと流れてきました。 隣に座ってるBFも同様に、はらはらと涙を流していました。 「あぁ、この場所に、神様はいるなぁ」としみじみ感じました。
「病気平癒」の御札をいただいてから、約2ヶ月がたち、振り返ると・・・手術までの日々も穏やかに過ごすことができましたし、手術も無事に終わりましたし、術後は、心配されていたこと(例: 感染症、エキスパンダーの入れなおし、傷口の壊死等)は何ひとつ起こらず、経過は極めて良好です。 5月1日から約1ヶ月、休職していましたが、来週月曜日(6月2日)より職場復帰することとなりました。 ありがたいことです。
職場復帰すれば、午前中の早い時間に散歩したり、ランチにビールを飲んだり、化粧なしで1日過ごしたり、携帯ゲームをしたり・・・そういう「自由」はなくなりますが、今まで感じたことのなかった「仕事ができる喜び」を感じられるのではないかと思います。 また、今回、人生初・入院/手術/休職したことにより、いろいろなことを学びました。 きっとこれも、これから仕事をする上で、またこれからの長い人生、生きてくるんじゃないかと思います。
さて、最近、毎朝、近所の池上本門寺へお参りに行っています。 当初はリハビリもかねて散歩してたのですが、ここ数日は、お参りをするために行っていると感じています。
山門の前で一礼し、長い階段を登り、手水舎で身を清め、本堂の入口でまた一礼、お賽銭を入れ、「感謝」のキモチ(&お願い)を伝え、そして本堂を出る際に一礼、長い階段を降り、山門を出たところでまた一礼。
キリスト教も神道も仏教も、神様は、私たちに必要なものはしっかり分かっていらっしゃると思いますので、お願いごとはほんのすこし(例: 家族、親族、友人皆、健康でありますように・・・)で、メインは、日々の感謝のキモチを伝えるようにしています。
下記の写真撮影は、いつもの素晴らしい写真家=努力家のBFです。
4月4日(金)
聖路加タワーの下、カラダにいいと言われている「アサイー」ジュースを飲んでいます。 いやぁ、酸っぱくて、不味かった(苦笑)
明治神宮での祈願を終え、清々しいキモチで空を見上げると、美しいこの国の国旗が風にたなびいていました。 天皇陛下が日々、この国の民の幸せのためにお祈りしてくださっているということをかみしめ、本当にありがたく、陛下のお心に常に平安があるためにわたしには何ができるかと考えた時、それは、健康であるということだと感じました。
手術をしてくれた執刀医Y先生、何度もコンサルしてくれた担当医M先生、新しい胸を作ってくださる形成外科医I先生に、感謝。今までも、今も、これからもきっと、いつも側で支えてくれているBFに感謝。 わたしに命を授けてくれた先祖代々、両親に感謝。 わたしと同じ時代を生きて支えてくれている妹弟、親族、友人・知人に感謝。 休職中、わたしの帰りを待ってくれていた上司・同僚の皆様に感謝。 その他、今日までわたしの人生に関わってくれた全ての人に感謝。
皆様、本当にありがとう。
Wednesday, May 28, 2014
Breast Cancer 19
5月11日(土)
ブレストサージェリークリニック
聖路加を退院するとき、「退院後1週間〜10日以内に、ブレストサージェリークリニックへ行ってください」と言われたので、その通りに行ってきましたよ。 看護師さん、わたしの胸を見るなり、「とてもきれいですよ」と言ってくださって、ホッとしました。 院長I先生も、「(エキスパンダーの)位置、いいですね。 わたしが、『もしうまく(エキスパンダー)が入ってなかったら、取り出してやり直してあげますからね』って言ったの、執刀医Y先生に聞こえちゃったかしら? Y先生、(キレイに出来たって)自画自賛してたでしょう! 毎日見にきたんじゃない?」と。 確かにY先生、毎日訪室してくださいましたけど・・・わたしの術後の経過を心配してのことだと思います(苦笑) 特に問題がないということで、傷にそって貼ってあったテープを、貼り直していただいただけで、終わり。
5月20日(火)
聖路加国際病院
BFもお休みをとって同行してくれました。 Thank YOU! 退院からそんなに時間もたっていないというのに、わたし、本当にここに入院していたのかしら? 本当にここで手術もしたのかしら?という感じ。 入院中は、院内をあちこち歩きまわって、そこかしこに、わたしの「気」をつけまくっていましたが、その「気」はとっくに消えてなくなってしまっていて、初診の時に感じたようにまた、「居心地」の悪い感じがしました。 悲しいような、嬉しいような、複雑な気持ち。
執刀医Y先生とのコンサルでは、術後に伺ったお話とほぼ同じお話を伺いました。 がんは3㌢ほど、グレードは2、センチネルリンパ腺への微小転移(2㍉以下)あり。 この状態、昔ならば、(再発のリスクを考えて)抗癌剤治療はマストだったようですが、今は、「オンコタイプDX」という、切り取ったがん細胞の遺伝子を調べることにより、再発の可能性と抗癌剤の治療効果を予測ことができる検査があるとのことで、すぐに抗癌剤治療というわけではありませんでした。
さてこの検査、保険がききません。 とても高額(44万円)ですので、全ての人が、「はい! やります!」とはならないとは思います。 でも、わたしのように、抗癌剤に対して「ぜったいにイヤ!」と拒否反応を示していて、なおかつ、ちょっと頑張れば支払可能な患者(=支払をサポートしてくれる優しいBFがいる人間)に対しては、オススメしてくださるようです。 執刀医Y先生から、「これ、やったほうがいいと思うんですけど・・・いいですか?」って言われたら、「お願いします」っていうしかないですよね(苦笑) というわけで、この検査をすることとなりました。 ただこの検査の代金の支払、なんと! 聖路加の「ギフトショップ」なんですよ!!! 衝撃的すぎます。 (下記、写真参照)
さて、この日一日、たくさんの写真をBFがとってくれました。 ←努力家の写真家です。 Thank YOU!
受付は、1階にあるこの機械で行います。
5月23日(金)
ブレストサージェリークリニック
傷口もキレイ、皮膚も十分のびたということで、食塩水を入れていただきました。 「まだまだはいりますよ」と看護師さん。 結局、注射器7本分、140ccを入れていただきました。 深呼吸をするとちょっと重い!というくらいがいいようです。 次回は来月22日(日)、また皮膚が伸びたところで、またもっと食塩水を入れる予定です。
この後、BFと、「雲海」@ANAインターコンチネンタル東京で待ち合わせして、ランチをすることになりました。 Thank YOU!
今回いただいたのは下記のとおりです。 撮影はいつもの素晴らしい写真家=努力家のBFです。 Thank YOU!
松花堂弁当をいただきました。 季節の食材をつかってます。 大好きな人と美味しくいただく食事っていうのは、カラダにいいですね。 カラダの中の細胞ひとつひとつが喜んでいると感じましたよ。 ありがたいことです。 ありがとうございます。
ブレストサージェリークリニック
聖路加を退院するとき、「退院後1週間〜10日以内に、ブレストサージェリークリニックへ行ってください」と言われたので、その通りに行ってきましたよ。 看護師さん、わたしの胸を見るなり、「とてもきれいですよ」と言ってくださって、ホッとしました。 院長I先生も、「(エキスパンダーの)位置、いいですね。 わたしが、『もしうまく(エキスパンダー)が入ってなかったら、取り出してやり直してあげますからね』って言ったの、執刀医Y先生に聞こえちゃったかしら? Y先生、(キレイに出来たって)自画自賛してたでしょう! 毎日見にきたんじゃない?」と。 確かにY先生、毎日訪室してくださいましたけど・・・わたしの術後の経過を心配してのことだと思います(苦笑) 特に問題がないということで、傷にそって貼ってあったテープを、貼り直していただいただけで、終わり。
5月20日(火)
聖路加国際病院
BFもお休みをとって同行してくれました。 Thank YOU! 退院からそんなに時間もたっていないというのに、わたし、本当にここに入院していたのかしら? 本当にここで手術もしたのかしら?という感じ。 入院中は、院内をあちこち歩きまわって、そこかしこに、わたしの「気」をつけまくっていましたが、その「気」はとっくに消えてなくなってしまっていて、初診の時に感じたようにまた、「居心地」の悪い感じがしました。 悲しいような、嬉しいような、複雑な気持ち。
執刀医Y先生とのコンサルでは、術後に伺ったお話とほぼ同じお話を伺いました。 がんは3㌢ほど、グレードは2、センチネルリンパ腺への微小転移(2㍉以下)あり。 この状態、昔ならば、(再発のリスクを考えて)抗癌剤治療はマストだったようですが、今は、「オンコタイプDX」という、切り取ったがん細胞の遺伝子を調べることにより、再発の可能性と抗癌剤の治療効果を予測ことができる検査があるとのことで、すぐに抗癌剤治療というわけではありませんでした。
さてこの検査、保険がききません。 とても高額(44万円)ですので、全ての人が、「はい! やります!」とはならないとは思います。 でも、わたしのように、抗癌剤に対して「ぜったいにイヤ!」と拒否反応を示していて、なおかつ、ちょっと頑張れば支払可能な患者(=支払をサポートしてくれる優しいBFがいる人間)に対しては、オススメしてくださるようです。 執刀医Y先生から、「これ、やったほうがいいと思うんですけど・・・いいですか?」って言われたら、「お願いします」っていうしかないですよね(苦笑) というわけで、この検査をすることとなりました。 ただこの検査の代金の支払、なんと! 聖路加の「ギフトショップ」なんですよ!!! 衝撃的すぎます。 (下記、写真参照)
さて、この日一日、たくさんの写真をBFがとってくれました。 ←努力家の写真家です。 Thank YOU!
受付は、1階にあるこの機械で行います。
受付を済ませ、乳腺科のある2階へ。 何度も何度も何度も何度も乗ったはずの、エスカレーターさえも今はなつかしい!
ブレストセンター@2階。 番号29=にく(肉)だね。← 不謹慎です。
オンコタイプDX検査の支払は、なんと、会計@1階ではなく、ギフトショップ@1階でした! なんで? まったくわかりません。 この紙にはたくさんの高額な検査がリストアップされていましたから、わたし以外にもたくさんの方がギフトショップでクレジットカードを使って高額な検査の支払をしたことでしょう。
聖路加でのコンサルが終わった後は、BFがランチ@二子玉川の玉姫へ連れていってくれましたよ。 Thank YOU!
今回いただいたのは下記のとおりです。
お刺身盛り合わせ(ヒラメとなんだっけ?)
どちらも甘くて、脂が乗っていて、美味しかった!
煮あさりを注文したのですが、状態があまりよくないということで、こちらをいただきました。 アジ(かしら?)南蛮漬けと昆布
天ぷら盛り合わせ
ホタテのヒモを炙ったものをサービスでいただきましたよ。 美味しかった!
おつまみ玉子焼き
ここからのにぎりは、BFがいただきました。
おつまみでサーモンを!といったら、ワイン(白)にあうようにとこんな洒落たものを出してくださいましたよ。
食べて飲んで・・・いつもの酔っぱらいです。 オーガニックのヘアオイルを買うのですが、レジが混んでいて。 暇を持て余したらしく、踊ってます。
踊ってます。
(どこにもつかまってないです。酔っぱらいのわりに、バランスいいです)
まだ踊ってます。
えいっ!
ブレストサージェリークリニック
傷口もキレイ、皮膚も十分のびたということで、食塩水を入れていただきました。 「まだまだはいりますよ」と看護師さん。 結局、注射器7本分、140ccを入れていただきました。 深呼吸をするとちょっと重い!というくらいがいいようです。 次回は来月22日(日)、また皮膚が伸びたところで、またもっと食塩水を入れる予定です。
この後、BFと、「雲海」@ANAインターコンチネンタル東京で待ち合わせして、ランチをすることになりました。 Thank YOU!
今回いただいたのは下記のとおりです。 撮影はいつもの素晴らしい写真家=努力家のBFです。 Thank YOU!
松花堂弁当をいただきました。 季節の食材をつかってます。 大好きな人と美味しくいただく食事っていうのは、カラダにいいですね。 カラダの中の細胞ひとつひとつが喜んでいると感じましたよ。 ありがたいことです。 ありがとうございます。
Friday, May 16, 2014
Breast Cancer 18
5月5日(月)
「退院」
午前3時半
入院中は毎日、この時間に目が覚めました。 テレビを見て(ほぼ全局ショッピングチャンネルですが・・・)、日が登ってくるのを待っていました。
午前5時18分
地震。 最大震度5弱(千代田区)。 建物が横にゆらゆら揺れて、ギシギシときしむ音がして怖かったです。 揺れが収まった後、病室の引き戸を開け、廊下を見渡すと、看護師さんたちが病室を回り、患者さんたちの無事を確認していました。 「大丈夫ですか?」と声をかけてくださった看護師さんに、「大丈夫です」とわたし。
午前5時半
BFから、「だいじょうぶ?」とメッセージ。 嬉しかったです。
午前8時
BFが、着替えの洋服を持って迎えにきてくれました。 Thank YOU! 最後の食事=朝食を一緒に食べましたよ。
午前9時
担当医M先生が、(たぶんきっとお休みだというのに)様子を見にきてくださいました。 入院中、担当医M先生、執刀医Y先生の訪室は、毎日ありました。 術後の経過がいいと、先生方に言っていただき、とても安心しました。
看護師さんより、「退院指導計画書」の説明がありました。 退院1週間以内に、形成外科の予約をとること、抗生物質は最後の1錠までしっかり飲み切ること、胸は揺らさないこと等、確認しました。
身支度も終わり、残すは、病室内の「忘れ物チェック」だけです。 晴れ晴れとした笑顔です。 (撮影は、いつもの素晴らしい写真家=努力家のBFです。 Thank YOU!)
午前10時
廊下ですれ違った看護師さん2名に、「お世話になりました。ありいがとうございました」と挨拶し、BFと一緒に退院手続き・会計@1階へ。
(自己負担)費用合計は、297,445円。 内、室料は、180,000円。 手術(麻酔+病理検査含む)は、52,473円。 術前・術後診察(アイソトープ検査+投薬/処方+医学管理費含む)は、24,496円。 食事は、3,380円。
支払には、BFが用意してくれた「入院時一時預かり金(20万円)」を一部充当し、残りも、BFが支払ってくれました。 Thank YOU!
午前11時
自宅近所のデニーズにて早めのランチ、BFはハンバーグ、わたしはパスタを頂きました。 入院中は(もちろん!)禁酒していたので、数日ぶりにビールを頂きました。 美味しかったですよ!
ただいまー!
入院中ずっと一緒にいてくれたリラと。 やっぱり家はいいなぁ。
振り返ればあっという間の、人生初・入院生活でした。 忙しい中、毎日面会にきてくれたBF、毎日訪室してくれた執刀医Y先生・担当医M先生、昼夜問わず毎日看護してくれた看護師の皆さん、大変お世話になりました。 ありがとうございました。
・・・・とこれで全てが終わったわけではありません。 右乳房の再建もありますし、「乳がん」は、「全身病」なので、今後は薬物療法(化学療法・内分泌療法・抗体療法)などの治療が必要になる可能性があるからです。
針生検で細胞検査をした結果、わたしの「がん」には抗体療法は効果ゼロですが、内分泌療法(抗ホルモン療法=女性ホルモンが働かないようにする治療法)は効果大とのことですので、内分泌療法を受けることは視野に入っています。 化学療法は、今のところ受けるつもりはありません。 だって、化学療法でがんが根絶できる!わけではないようですから。 内分泌療法についても、これを受ければぜったいに再発しない!というわけではないようですから、本当はやりたくはありません。
過去、わたしと同じような「がん」の人たちが、薬物療法を受けたとき、受けなかった時の「生存率」データによると、化学療法と内分泌療法の療法を受けた時の「(10年後の)生存率」は80%、内分泌療法だけだと70%だということですが、これはあくまでも統計で、「生存率」であって、「再発ゼロ」ではありませんし、「QOL(クオリティー・オブ・ライフ=生活の質)ではありません。
それに、わたしはわたし、他の人とは違います。 それと同じで、わたしの「がん」は他の人の「がん」とは違うのです。 だから、統計でなんて、わたしの「生存率」が測れるもんか!ってことくらい、子供だって簡単にわかりますよね。
さて、来週20日(火)は、執刀医Y先生とのコンサルがあります。 術後の経過チェック、病理検査の結果、今後の治療についてのお話があると思います。
また報告しますね。
「退院」
午前3時半
入院中は毎日、この時間に目が覚めました。 テレビを見て(ほぼ全局ショッピングチャンネルですが・・・)、日が登ってくるのを待っていました。
午前5時18分
地震。 最大震度5弱(千代田区)。 建物が横にゆらゆら揺れて、ギシギシときしむ音がして怖かったです。 揺れが収まった後、病室の引き戸を開け、廊下を見渡すと、看護師さんたちが病室を回り、患者さんたちの無事を確認していました。 「大丈夫ですか?」と声をかけてくださった看護師さんに、「大丈夫です」とわたし。
午前5時半
BFから、「だいじょうぶ?」とメッセージ。 嬉しかったです。
午前8時
BFが、着替えの洋服を持って迎えにきてくれました。 Thank YOU! 最後の食事=朝食を一緒に食べましたよ。
午前9時
担当医M先生が、(たぶんきっとお休みだというのに)様子を見にきてくださいました。 入院中、担当医M先生、執刀医Y先生の訪室は、毎日ありました。 術後の経過がいいと、先生方に言っていただき、とても安心しました。
看護師さんより、「退院指導計画書」の説明がありました。 退院1週間以内に、形成外科の予約をとること、抗生物質は最後の1錠までしっかり飲み切ること、胸は揺らさないこと等、確認しました。
身支度も終わり、残すは、病室内の「忘れ物チェック」だけです。 晴れ晴れとした笑顔です。 (撮影は、いつもの素晴らしい写真家=努力家のBFです。 Thank YOU!)
午前10時
廊下ですれ違った看護師さん2名に、「お世話になりました。ありいがとうございました」と挨拶し、BFと一緒に退院手続き・会計@1階へ。
(自己負担)費用合計は、297,445円。 内、室料は、180,000円。 手術(麻酔+病理検査含む)は、52,473円。 術前・術後診察(アイソトープ検査+投薬/処方+医学管理費含む)は、24,496円。 食事は、3,380円。
支払には、BFが用意してくれた「入院時一時預かり金(20万円)」を一部充当し、残りも、BFが支払ってくれました。 Thank YOU!
午前11時
自宅近所のデニーズにて早めのランチ、BFはハンバーグ、わたしはパスタを頂きました。 入院中は(もちろん!)禁酒していたので、数日ぶりにビールを頂きました。 美味しかったですよ!
ただいまー!
入院中ずっと一緒にいてくれたリラと。 やっぱり家はいいなぁ。
振り返ればあっという間の、人生初・入院生活でした。 忙しい中、毎日面会にきてくれたBF、毎日訪室してくれた執刀医Y先生・担当医M先生、昼夜問わず毎日看護してくれた看護師の皆さん、大変お世話になりました。 ありがとうございました。
・・・・とこれで全てが終わったわけではありません。 右乳房の再建もありますし、「乳がん」は、「全身病」なので、今後は薬物療法(化学療法・内分泌療法・抗体療法)などの治療が必要になる可能性があるからです。
針生検で細胞検査をした結果、わたしの「がん」には抗体療法は効果ゼロですが、内分泌療法(抗ホルモン療法=女性ホルモンが働かないようにする治療法)は効果大とのことですので、内分泌療法を受けることは視野に入っています。 化学療法は、今のところ受けるつもりはありません。 だって、化学療法でがんが根絶できる!わけではないようですから。 内分泌療法についても、これを受ければぜったいに再発しない!というわけではないようですから、本当はやりたくはありません。
過去、わたしと同じような「がん」の人たちが、薬物療法を受けたとき、受けなかった時の「生存率」データによると、化学療法と内分泌療法の療法を受けた時の「(10年後の)生存率」は80%、内分泌療法だけだと70%だということですが、これはあくまでも統計で、「生存率」であって、「再発ゼロ」ではありませんし、「QOL(クオリティー・オブ・ライフ=生活の質)ではありません。
それに、わたしはわたし、他の人とは違います。 それと同じで、わたしの「がん」は他の人の「がん」とは違うのです。 だから、統計でなんて、わたしの「生存率」が測れるもんか!ってことくらい、子供だって簡単にわかりますよね。
さて、来週20日(火)は、執刀医Y先生とのコンサルがあります。 術後の経過チェック、病理検査の結果、今後の治療についてのお話があると思います。
また報告しますね。
Sunday, May 11, 2014
Breast Cancer 17
5月3日(土)
「術後2日目」
午前3時半
ドレーン以外の管は全て取れたので、自由に動きまわることはできますが、この時間に起きても、外はまだ暗いですし、テレビはほぼ全局ショッピングチャンネルですし、売店は開いていないですし・・・やることがなくて参りました。 前夜の夕食が午後6時と早いので、お腹もすきました。(前日、BFが買ってくれた鮭のおにぎりを食べました。 Thank YOU!)
午前6時
看護師さんの訪室(検温、血圧検査、傷のチェック等)。
午前7時半
BFがきてくれました。 Thank YOU!
午前8時
朝食。BFが購入してきてくれたサンドイッチも食べちゃいました。 Thank YOU!
午前9時
看護師、医師の訪室。 ドレーンから出てきている液は黄色で、血液が混じらなくなってきました。看護師さんいわく、ゴールデンウィーク最終日には退院できるかもとのこと。
午前10時
地下の売店でパジャマ(半袖)購入。 スターバックスでアイスコーヒー購入。
午後2時〜
看護師さんに、シャンプーをしてもらいました。 これまでは、BFが、「洗わないシャンプー」で、髪の毛をキレイにしてくれていました。Thank YOU!
終日
やることがとにかくなくて・・・院内をぶらぶらして過ごしました。 ガーデン@6階や、地下1階の売店や、1階の売店、スターバックスなど。
5月4日(日)
「術後3日目」
午前3時半
起床時間はほぼ同じです。 前日に夜食(朝食?)を買い忘れたので、黒胡椒おせんべいを食べて、空腹をしのぎました。
午前6時
看護師さんの訪室(検温、血圧検査、傷のチェック等)。
午前7時半
BFがきてくれました。 買ってくれた(これまで着ていた)パジャマを洗濯してくれました。 Thank YOU!
午前8時
BFと一緒に朝食。
午前9時
突然、女医3名の訪室。 「今からドレーンを抜きます。 (ベッドに)横になってください」 言われたとおり横になると、「ちょっと変な感じがしますよ」 そう言って、女医#1がドレーンの管をにゅるっと抜いてくださいました。 尿道カテーテル同様、例えるならば、タンポンを抜くときの感じ。 にゅるるるる・・・。 抜いたところに、テープみたいなものを貼り、その上に数枚重ねたガーゼを貼ってくださいました。 「明日、退院です」と女医#2。 わたしが、「へ? あのでも、まだ、あの・・・」と訳の分からないことを口走ると、女医#3が、「ドレーンから出ている液も60㍉から30㍉に減りましたから、大丈夫です」と。 あまりの急展開に気持ちがついていきませんでした。 とにもかくにも、超人的な回復力で、翌日退院ということが決定しました。
午前10時
執刀医Y先生訪室。 胸の傷口に貼ってあったオブラートみたいな膜を剥がして、縫い目にそって肌色のテープを貼ってくださいました。 術後の経過はとてもよいとのこと。
午前12時
昼食。 ずっと麺が食べたかった! テレパシーが通じたのかしら? お蕎麦、美味しかったです。 それよりも、えび団子、美味しかった!
午後1時
母が面会にきてくれました。 翌日退院だから来なくてもいいよとは言ったんですけど・・・母は東京に来たかったようです(苦笑)
午後2時
看護師さんの訪室。 ドレーンの管を抜いた後、ガーゼを貼っていたのですが、それを取って、なんとバンドエイドを貼ってくださいました。
そうそう、術後1日目に、BFが、リラを連れてきてくれたのです。 Thank YOU! 痛みに強いわたしですが、やっぱりちょっとは痛かったのと、右側に寝返りを打てなかったので、リラが横で寝てくれることは、とても助かりました。リラは、医師、看護師の方々に大人気でしたよ。 担当医M先生は、リラがベッドでだらーんと寝ているところを目撃し、「あ、リラックマ、寝てる!」って言ってました。
終日
翌日退院と思うと、感慨深く・・・看護師さんたちからは、「え? もう退院しちゃうの?」っていう声もあって・・・寂しがっていただけるってこと、嬉しかったですけど、でも「またきます!」とも言えないですよね(苦笑)
今回の入院・手術の経験から、学ぶことはたくさんありました。
ひとつは、「頼る」こと。 術後1日目、管がたくさん入っていて、自分ひとりでは何もできませんでした。 たくさんの人がわたしのためにたくさんのことをしてくれる。 それを受け入れること。 感謝すること。
もうひとつは、なんか「自信」がつきました。 化粧もしてない、きれいな服も着てない、いい香りもしない、おっぱいは片方ない・・・というわたしですけど、たくさんの人がわたしを大事に扱ってくれました。 ←サービス業だからでしょう!といえばそれまでですけどね(苦笑) BFが言っていましたが、わたしの病室からはいつも笑い声が聞こえていたんですって。 確かにいつも、看護師さんたちと、とりとめのない会話をして、笑っていました。 今のままでいい! 飾らなくても、人を魅了する「力」がわたしにはある! と思いましたよ。
さて、次回は、5月5日(月)「退院」について書きますね。
「術後2日目」
午前3時半
ドレーン以外の管は全て取れたので、自由に動きまわることはできますが、この時間に起きても、外はまだ暗いですし、テレビはほぼ全局ショッピングチャンネルですし、売店は開いていないですし・・・やることがなくて参りました。 前夜の夕食が午後6時と早いので、お腹もすきました。(前日、BFが買ってくれた鮭のおにぎりを食べました。 Thank YOU!)
午前6時
看護師さんの訪室(検温、血圧検査、傷のチェック等)。
午前7時半
BFがきてくれました。 Thank YOU!
午前8時
朝食。BFが購入してきてくれたサンドイッチも食べちゃいました。 Thank YOU!
午前9時
看護師、医師の訪室。 ドレーンから出てきている液は黄色で、血液が混じらなくなってきました。看護師さんいわく、ゴールデンウィーク最終日には退院できるかもとのこと。
午前10時
地下の売店でパジャマ(半袖)購入。 スターバックスでアイスコーヒー購入。
午後2時〜
看護師さんに、シャンプーをしてもらいました。 これまでは、BFが、「洗わないシャンプー」で、髪の毛をキレイにしてくれていました。Thank YOU!
終日
やることがとにかくなくて・・・院内をぶらぶらして過ごしました。 ガーデン@6階や、地下1階の売店や、1階の売店、スターバックスなど。
5月4日(日)
「術後3日目」
午前3時半
起床時間はほぼ同じです。 前日に夜食(朝食?)を買い忘れたので、黒胡椒おせんべいを食べて、空腹をしのぎました。
午前6時
看護師さんの訪室(検温、血圧検査、傷のチェック等)。
午前7時半
BFがきてくれました。 買ってくれた(これまで着ていた)パジャマを洗濯してくれました。 Thank YOU!
午前8時
BFと一緒に朝食。
午前9時
突然、女医3名の訪室。 「今からドレーンを抜きます。 (ベッドに)横になってください」 言われたとおり横になると、「ちょっと変な感じがしますよ」 そう言って、女医#1がドレーンの管をにゅるっと抜いてくださいました。 尿道カテーテル同様、例えるならば、タンポンを抜くときの感じ。 にゅるるるる・・・。 抜いたところに、テープみたいなものを貼り、その上に数枚重ねたガーゼを貼ってくださいました。 「明日、退院です」と女医#2。 わたしが、「へ? あのでも、まだ、あの・・・」と訳の分からないことを口走ると、女医#3が、「ドレーンから出ている液も60㍉から30㍉に減りましたから、大丈夫です」と。 あまりの急展開に気持ちがついていきませんでした。 とにもかくにも、超人的な回復力で、翌日退院ということが決定しました。
午前10時
執刀医Y先生訪室。 胸の傷口に貼ってあったオブラートみたいな膜を剥がして、縫い目にそって肌色のテープを貼ってくださいました。 術後の経過はとてもよいとのこと。
午前12時
昼食。 ずっと麺が食べたかった! テレパシーが通じたのかしら? お蕎麦、美味しかったです。 それよりも、えび団子、美味しかった!
午後1時
母が面会にきてくれました。 翌日退院だから来なくてもいいよとは言ったんですけど・・・母は東京に来たかったようです(苦笑)
午後2時
看護師さんの訪室。 ドレーンの管を抜いた後、ガーゼを貼っていたのですが、それを取って、なんとバンドエイドを貼ってくださいました。
そうそう、術後1日目に、BFが、リラを連れてきてくれたのです。 Thank YOU! 痛みに強いわたしですが、やっぱりちょっとは痛かったのと、右側に寝返りを打てなかったので、リラが横で寝てくれることは、とても助かりました。リラは、医師、看護師の方々に大人気でしたよ。 担当医M先生は、リラがベッドでだらーんと寝ているところを目撃し、「あ、リラックマ、寝てる!」って言ってました。
終日
翌日退院と思うと、感慨深く・・・看護師さんたちからは、「え? もう退院しちゃうの?」っていう声もあって・・・寂しがっていただけるってこと、嬉しかったですけど、でも「またきます!」とも言えないですよね(苦笑)
今回の入院・手術の経験から、学ぶことはたくさんありました。
ひとつは、「頼る」こと。 術後1日目、管がたくさん入っていて、自分ひとりでは何もできませんでした。 たくさんの人がわたしのためにたくさんのことをしてくれる。 それを受け入れること。 感謝すること。
もうひとつは、なんか「自信」がつきました。 化粧もしてない、きれいな服も着てない、いい香りもしない、おっぱいは片方ない・・・というわたしですけど、たくさんの人がわたしを大事に扱ってくれました。 ←サービス業だからでしょう!といえばそれまでですけどね(苦笑) BFが言っていましたが、わたしの病室からはいつも笑い声が聞こえていたんですって。 確かにいつも、看護師さんたちと、とりとめのない会話をして、笑っていました。 今のままでいい! 飾らなくても、人を魅了する「力」がわたしにはある! と思いましたよ。
さて、次回は、5月5日(月)「退院」について書きますね。
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