Sunday, April 11, 2010

安息日に思う

父がまた、母に暴言を吐いたらしい。
せっかくの、良い天気の、安息日であるはずの、
日曜日だというのに。

母からのメール。

「全然駄目だそうです。
努力しないから、駄目だそうです。
貧乏したくせに、駄目だそうです。
・・・(中略)・・・
私の躾が、(子供たちを)人の事を考える事が、
出来ない様にしてしまった。
ごめんなさい。
子供の躾も、出来ないのに、
会社の経営等出来るはずがない。
でも、日々精一杯やるのみです。」

すぐに、母に返信した。

まずは、離れていることを言い訳にして、
家族のために何もしていないことについて、謝った。

そして、父の苛立ちは分からないでもないけど、
母にその矛先を向けるのは間違っているし、
わたしたち子供の「出来の悪さ」は、
わたしたち子供のせいで、母のせいではないことを、伝えた。

そして、母が健康に産んでくれたおかげで、
わたしは大病をしたことがないし、
母が大事に育ててくれたから、
わたしは大事故にあうこともなかったし、
母がしっかり教えてくれたから、
わたしはこれまで、たくさんの素晴らしい人たちに出会い、
そして愛されて、幸せだった、とういうことに対して、
心から感謝した。

そもそも、だいたい、父が求める「理想的な家族」って、
いったい何なんだろう?
隣や、隣の隣の家族や、わたしの友達の家族や、
わたしの彼氏の家族みたいなことなのかしら?

つまり、いい大学を出て、いい企業に就職し、
いいパートナーと出会い、いい結婚式をし、
数年後には、子供が生まれ、
多忙な子育ての中でも、親孝行を忘れない・・・。
って、そういうこと?

でもさ、わたしたち子供は、
スタートから出遅れちゃったわけだし、
隣や、隣の隣の子供たちと比べられても、ね。
彼らが実現した「理想的な家族」は、
わたしたちは実現できないかもしれないの、よ。
でも、彼らとは違うけど、
わたしたちにフィットした「理想の家族」は、
実現できるかもしれないのよ、ね。

それに、外からはよく見えていても、
実は、内情は、分かったもんじゃないでしょ。
それに、今は上手くいっていたって、
10年後には大変なことになる家族もいるし。
今は大変だ、大変だっていってる家族でも、
数年後には、ものすごく穏やかな日々を、
過ごせるようになることもありあえるわけだし。

最後の一息をつく瞬間になってもまだ、
いいとか、わるいとか、なんて、
分からないかもしれないよ。

だって、わからないから、
人生の道って、最後まで歩いていけるんじゃないの?
もし結末がわかっちゃったら、
その意味がわかっちゃったら、
退屈だし、落胆するし、
途中で放棄しちゃうんじゃないの、かな?

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