Wednesday, April 23, 2008

満員電車のProとCon

私が、初めて満員電車というものを体験したのは、実はつい最近、約4年前。 

NYにいた頃の通勤は楽だった。 行きは、世間の皆様方がそろそろ仕事を片づけて軽く一杯飲みに行きましょうっていう時間にRトレインに乗り込みマンハッタンへ。 帰りは皆様方が熟睡中の時間に、または、そろそろ起きだして朝食をとっている時間にRトレインに乗り込みクイーンズへ。 日本に帰ってきてからは、関東北部の、車なしでは移動できません、という土地で、行きも帰りも車通勤片道5分だった。 

最初は、驚きの連続だった。 何で彼氏でもない人とこんなに密着するのよ? 夏は汗ばんだ肌と肌がピタっとくっついて、気持ち悪いのなんのって。 女の子の芳しい香りが鼻につく日はラッキーデー。 ちょっとアンタ昨日の夜にんにくかなり食べたでしょうっていうオジサンの息が首筋にかかる日はアンラッキーデー。 田園都市線の急行で(この年になっても!)痴漢にあったりもして、少女のように怖くて、何も言えずにうつむいてしまった自分を嫌った。 朝っぱらから、些細なことで口論になっている人たちを目の当たりにしてイヤな気分にもなり、ああ、やっぱり日本に帰ってきたのは失敗だったなって思った。 よくみんな、こんなこと我慢できるなあ。 何十年もやっていられるなあ。 気が狂いそうな満員電車で1日をスタートする、そんな日を重ねるたび、毎日1時間半かけて35年間も通勤していた父に、畏敬の念を抱かずにはいられなかった。 

滑り込んできた電車がギュウギュウで、ああ、この中に押し入らなくてはいけないんだ、と思うたび、ものすごい脱力感の毎日。 でもある日、そんな私の気持ちが変わるシーンがあった。 あれは、春のある朝のこと。

一緒に生活してるみたいに、朝のルーティーンをこなして、さあ出かけましょうとふたりで家を出た。 ドアを出た瞬間、全てがリセットされたように、まるで他人みたいにそらぞらしく距離をとって歩く彼を見つめてた。 数時間前までは抱き合っていたというのに、そんなことはもう随分昔の出来事のような雰囲気をかもし出している彼。 そんな彼をチラっと憎みながら、彼の少し後ろを歩いた。 


駅につき、改札をくぐり、ホームに降り立ってからも、彼との距離は縮まらなくて、ああ、こういうのがイヤなんだよなあ、なんで一緒に家を出るっていう選択をしてしまったんだろう。 彼が、もう二度と手の届かないところへいってしまったような気になって私は、彼に満面の笑みを送りながら、心の中ではヒーヒー泣いていた。  胸が痛い。 救心飲まなくちゃ。

電車が滑り込み、目の前でドアが開く。 案の定、私たちが入り込むスペースはないと思わせるくらいの満員電車。 アフターユーとばかりに彼が私を先に乗り込ませ、こんな場合はアフターユーじゃないでしょと思いながら乗り込み、その少し後、私のことを押しながら彼が乗り込んできた。 これからの数十分間、無言で、ああやっぱり一緒に家をでるんじゃなかったと思いながら、過ごすんだろうなあと思った瞬間、彼がカバンを持つ手を少しずらして、とても身動きなんてとれそうもない空間の中で、私の右手をとった。 


電車が揺れる。 そのたびに彼のカラダの重みが私に伝わる。 込み合った車内、じんわりと汗が滲む。 彼の唇は私の数センチ先にあって、もう一回電車が揺れたら、それをいいことにキスしてしまおうと思うくらい、私たちは近いところにいた。 周りの人たちは眉間に皺を寄せて、満員電車を呪っているような表情。 だというのに私は、彼のカラダに、またこんなに近づくことが出来たことが嬉しくて、頬が緩みっぱなし。 

厚いジャケットごしに彼の体温が伝わってくる。 彼が握った手に力を入れる。 彼の腰が私の腰に密着する。 私の顔が彼の首すじに触れる。 電車が揺れ、私たちのカラダがついたりはなれたりするたび、これから仕事だというのに、私は数時間前にふたりがしていたことを思い出してしまう。 私の呼吸が荒くなり、彼に私が考えていることが伝わってしまった(ような気がする)。 すると彼は私の手を握りながら、空いている指で、私のカラダに触れてくる。 私は立っているのがつらくなってしまって、彼の顔を見ることもできず、窓の外の流れていく景色をぼんやりと見つめていた。 彼の指は相変わらず私のカラダに触れたまま。 額だけじゃなく、カラダのあちこちから汗が滲む。 さっき、家を出る前に、私が彼を触っていたように、彼が私を触る。 ああ、このまま、ずっと遠いところまで、満員電車に乗っていけたらいいのに。 仕事なんてどうでもいいから、このまま九州まで、ふたりでこうして、くっついて、いられたらいいのに。 

電車が終点で止まる。 ドアが開き、周りの人たちが次々と降りていく。 そして私たちのカラダも離れ、指をほどき、別々の場所へ向かう。 満員電車をこれほどいいと思ったことは今まで一度もない。 そう思いながら、今にも崩れそうなカラダを意識でコントロールして、乗り継ぎの電車に乗り込む私。


ああ、満員電車も、そんなに悪くない。 物事には全てよしわるしがあるわなーと思った、ある晴れた春の朝。

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