(写真は今日の職場近くのウメ)
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あれは春まだ早い頃、良く晴れた朝だった。 ピリッとした空気の中、駅までのまっすぐな道を、私たちは並んで歩いた。
前の晩は、あれだけたくさんのお酒を(混ぜて)飲んだのに、その朝は二日酔いが全くなかった。 ただほんの少しの倦怠感が残り、「よく飲んだなぁ」 と実感、それがとても心地良かった。
駅に着き、ホームで(急行)電車を待つ間、私たちはなぜか妙にぎこちなくて、ちっとも会話が弾まなかった。 「別に初めての朝ってわけじゃないのに」 そう思ったすぐ後に、「あ、そっか、一緒に帰るのは初めてだった」 と気づいた。 いつもは必ず私が先に帰る。 それもいつも慌ただしく、逃げるようにして。
「キリンビールのキリンのマークの中にキリンって文字が入ってるって知ってる?」 AB型らしく突拍子もない質問を彼がした。 「知らない。 どこ? 漢字? それとも、ひらがな? カタカナ? それは並んでるの? それともバラバラ?」 私が立て続けに質問すると、彼はちょっと困ったような顔して笑った。 「そんなの昔に流行ったじゃんって流すかと思ったのに」
「いや、流行ってないでしょ」 「いやいや、流行っったよ」 しばらく戯れながら言い合った後で彼は、『男梅のど飴』 という可笑しなネーミングのキャンディーをくれた。 「昨日あなたを待ってる間に買ったんだ」 そういえば待ち合わせにはいつも私が遅れてしまう。
同じ(急行)電車に乗り込み、「ねぇ、これから帰ったら何をするの?」 「あの葉山のホテル、もう行ったの?」 「へぇ、サーフィンするんだ 今年の夏は教えてよ」 なんてとりとめのない話をしていたら、あっという間に彼の降りる駅がやってきた。 外は相変わらずカラっと晴れた春空。 車内はこれから始まる1日を楽しみにしている人たちでごった返していた。
それまでは何ともなかったのに、電車が減速して足元がふらついた瞬間、急に寂しくなってしまった。 彼と離れたくないと思いはじめてしまった。 「だから一緒に帰るのは嫌。 次回からはやっぱり私が先に帰ろう」 心の中でそう決意した時、彼が私の指に指を絡めて言った。 「じゃあまたね。 見送らないよ」
電車を降りる直前にはもう、すっかり気持ちを切り替えて、私のことなんてスッキリ忘れてるに違いないと思ったのに。 私のことをギリギリまで想っていてくれたことが嬉しかった。 いや実は彼にとっては無意識の動作で、実は彼の気持ちはすでに前を向いていて、実は私のことなんてとっくに意識の外だったのかもしれないけど、指を絡める、そんな小さな彼の仕草が、私の(突発的な)淋しさを吹き飛ばしてくれた。
そしてガタンと電車が走りだし、私の気持ちは前を向いて動きはじめた。 ほんの一瞬も彼の姿を振りかえることはなかった。
あぁ今夜、この早春の晩、彼はいったいどこで何をしてるのだろう? 私を想う瞬間はあるのだろうか?
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